NTTドコモ R&D Advent Calendar 2024 の12日目の記事です。(英語版オリジナルはこちら)
- 自己紹介
- はじめに
- In-Network Computing (INC) とは?
- 実例:ARを活用したコロッセオの観光体験
- INCがAR体験をどう変えるのか?
- INC導入の重要な課題:モジュールの最適配置とリソース管理
- 具体例:AR(拡張現実)モジュールの配置フロー
- 柔軟なモジュールデプロイ:VMとコンテナの利用
- ARアプリケーションのスケーリングとリソース管理の課題
- MANOプラットフォームの舞台裏
- まとめ
自己紹介
こんにちは!ドイツ・ドコモユーロ研に所属するアファフ(Afaf)とヘンリック(Henrik)です!私たちは未来のモバイル通信ネットワークに関する新しいアイデアやコンセプトの研究開発に取り組んでいます。最近注目しているのが「In-Network Computing」というコンセプト。これが実現すると、デジタル体験がガラッと変わるかもしれません。In-Network Computingは、バーチャルリアリティ(VR)やリアルタイムAIの活用、さらにそれ以上の可能性を引き出すための重要なパズルのピースになると期待されています。このブログポストでは、In-Network Computingが何なのか、そして未来のモバイル通信ネットワークにどんな可能性をもたらすのかを紹介していきます!ぜひチェックしてみてくださいね!
はじめに
私たちは、現実さながらのホログラムを通じて遠く離れた同僚と同じ空間でリアルタイムの共同作業を行ったり、小売店でスマートミラーを使用して顧客が製品を試着せずに視覚化し、個別の提案を受けられる未来に近づいています。しかし、このようなビジョンを実現するには、従来の中央集約型クラウドにかかる計算負荷が増大し、迅速なデータ処理の需要を満たすのが難しくなるという課題があります。この課題に対応するために、次世代の通信ネットワークは単なる接続の提供を超え、計算能力をネットワークそのものに統合するインフラを構築する必要があります。このような背景の中で注目されるのが In-Network Computing(INC) です。INCは、ネットワークとコンピューティングを融合させることで、データの発信元や目的地に近い場所で計算処理を行い、これまで困難だったリアルタイム体験を可能にします。
In-Network Computing (INC) とは?
INCは、ネットワーク構造にSmartNICやGPU、DPUなどのアクセラレーション機能を統合し、データソースやデータの流れる経路に近い場所で計算を行う新しいアプローチです。この仕組みにより、データが中央のデータセンターに往復する必要がなくなり、移動中にデータを処理することが可能になります。 データソースからコアネットワークに至るまでの異なるネットワークポイントに計算能力を分散させることで、中央処理への依存を減らし、遅延を削減するとともに、スケーラビリティや回復力が向上します。このようにINCは、ホログラムやスマートミラーのような革新的なアプリケーションを支え、ネットワーク事業者と顧客の双方に新たなビジネスの可能性を提供します。 ただし、INCの可能性を最大限に実現するには、リソースの割り当て、アプリケーションの配置、スケーラビリティ、管理の複雑さなど、ネットワーク事業者が直面する課題もあります。 本日のエントリでは、INCのユースケースの1つをとりあげ、詳しく解説していきます!
実例:ARを活用したコロッセオの観光体験
INCの概念とその適用性をより深く理解するために、実際のシナリオを見てみましょう。例として、拡張現実(AR)を活用した観光体験を取り上げます。 ローマのコロッセオに立ちながら、ツアーガイドのパンフレットを読みながら、かつての剣闘士の戦いを想像してみてください。誰もいない空っぽのアリーナでは、歴史に没頭するのも難しいですよね。
しかし、ARを活用すれば、観客で埋め尽くされたアリーナや戦う剣闘士たちが目の前に蘇り、スリリングな体験が可能になります。これを実現するには、以下のような手順が必要です:
- 3Dオブジェクトの読み込み(例:コロッセオ、剣闘士、観客)
- クラウドサーバーで処理される集中的なタスクです。
- ユーザーの動きの追跡
- ARゴーグルが頭や体の動きを検出します。
- リアルタイムでのシーンレンダリング
- 動きに基づいてコロッセオの景観を作成します。
- ゴーグルへのデータ送信
- レンダリングされた景観をユーザーに届けます。
ゴーグルからのデータは、アクセスネットワークを通過して、オペレーターのコアネットワーク (以下に示すように) に送信されます。事業者は、契約有無を識別し、接続性を提供し、品質を監視し、かつ、正しいパスに沿ってデータを転送する必要があります。その後データがクラウドに到達して処理が開始されます。このようなデータ転送では、数百ミリ秒のしきい値を超える待機時間が発生する可能性があります。各ステップ(トラッキング、レンダリングなど)を繰り返し実行する必要もあります。遅延が数百ミリ秒を超えると、映像の歪みやモーションシックネス(VR酔い・乗り物酔い)を引き起こし、体験が台無しになってしまいます。
目立った遅延が発生しないように、全体の所要時間を数百ミリ秒未満にするにはどうすればよいでしょうか。
INCがAR体験をどう変えるのか?
ここでINCが活躍します。ネットワーク構造に組み込まれたGPUやSmartNIC、DPUなどの計算リソースを活用することで、ネットワーク事業者はレンダリング速度を大幅に向上させることができます。ネットワーク内で処理タスクの一部をオフロードすることで、ARレンダリングはより迅速でリアルになります。 通常、AR体験はアプリケーション提供者によって提供され、アプリケーションの開発や保守、コンテンツの作成、レンダリング技術が管理されます。一方で、ネットワーク事業者は高品質で低遅延の体験を保証するために、ネットワークやエッジ、クラウドなどのリソースを提供します。 アプリケーション提供者は、処理を行う場所(ARゴーグル、ネットワーク、クラウド)に基づいてアプリケーションをモジュールに分割することを選択するかもしれません。これにより、パフォーマンスが最適化され、遅延が削減されることで、ユーザー体験(QoE)が最大化されます。 以下は、アプリケーションを5つのモジュールに分割した例です:
- モジュール1:アリーナ内でのユーザーの位置と頭の動きの追跡
- モジュール2:ネットワーク内での動きデータの前処理(小さな揺れを除去)
- モジュール3:静的な背景要素(アリーナの壁など)のレンダリング
- モジュール4:動的要素(観客や剣闘士など)のレンダリング
- モジュール5:リアルタイムの映像補正(レンズの歪みを除去)
次の図は、各モジュールを実装する可能性のある場所を示しています。モジュール#1と#5は、高い処理能力を必要としない可能性があるため、小型のバッテリと処理能力を備えたARゴーグルで実行。一方、ネットワーク事業者は、アプリケーションプロバイダーから提供されるモジュール#2、#3、および#4をネットワークとクラウドにデプロイする必要があります。
INCの一般的な概念、AR処理操作の高速化に役立つオペレーターのインフラストラクチャ、アプリケーションをモジュールに分割する概念について説明しました。では、このアイデア全体を実装するにあたっての課題をみてみましょう。
INC導入の重要な課題:モジュールの最適配置とリソース管理
In-Network Computing(INC) を成功させる鍵となるのは、ネットワーク全体に展開する前にアプリケーションモジュールをどこに配置し、どのようなリソース(計算能力、ストレージ)を割り当てるかを正確に決定することです。このプロセスはネットワークオペレーターの役割に大きく依存しています。以下は、モジュール配置を最適化するために考慮すべき要素です。
- アプリケーションプロバイダーが提示する要件と制約
- モジュール間のリンク品質やサービス品質(QoS)、ユーザーとの近接性など。
- 利用可能なネットワーク容量
- アクセスネットワークやコアネットワークで利用可能な無線リソースや有線リンクの容量。
- クラウドやコアネットワーク内のコンピューティングおよびストレージ容量。 *各モジュールが必要とするリソース量を算出する必要があります。
具体例:AR(拡張現実)モジュールの配置フロー
下図を例に、ARアプリケーションにおけるモジュールのデプロイプロセスを説明します。
- ネットワーク登録のリクエスト
- まず、ARゴーグルがコアネットワークに登録リクエストを実施します。ネットワークがゴーグルのユーザーのサブスクリプションや接続品質を管理するために必要な処理です。
- データ接続の確立
- 5Gでは、5GCのセッション管理機能(SMF)がデータ接続に必要なネットワーク処理を実施し、ARセッションを開始します。
- リソースリクエスト
- アプリケーション機能(AF)がコアネットワークとクラウド内での処理能力やストレージ、リンク確立をリクエストします。この際、上記に記載した「アプリケーションプロバイダーが提示する要件と制約」が反映されます。
- In-Network Computing装置のリソース調整
- In-Network Computingの処理をする装置(Entity)が、適切なリンクとコンピューティングリソースを選択し、ネットワーク接続を最適化します。これには、帯域幅やデータ転送速度などの要件が含まれます。
- MANOプラットフォームによるリソース管理
- MANO(リソース管理およびオーケストレーション)プラットフォームが、モジュールの最適な配置を分析し、必要なリソースを予約します。標準化されたデータ単位(ギガヘルツ、メモリ量など)を使用することで、INCFとMANO間のコミュニケーションを効率化します。
柔軟なモジュールデプロイ:VMとコンテナの利用
モジュールは、専用のハードウェアに直接配置されるのではなく、仮想マシン(VM)やOSコンテナ上で実行可能なImageの形で展開されます。この方法により、以下の利点が得られます:
- デプロイの迅速化
- 場所変更への柔軟な対応
- リソースの効率的な再配置
アプリケーションモジュールのイメージは、記述子、ソフトウェアイメージ、その他のアーティファクトを含むパッケージファイルの形式でMANOにオンボードされます。簡単に言えば、このファイルはモジュールをどのように構成し、他のモジュールと接続する必要があるかを定義する青写真を表しています。以下の図は、上の図で説明された手順9と手順11のうち、特にMANOプラットフォームとその操作を拡大して示しており、これらがどのように実行されるかをさらに詳しく説明しています。
たとえば、ARアプリケーションのインタラクティブ要素(剣闘士や観客の動き)をレンダリングするモジュール#4をこの方法で実装することで、スケールアップ(インスタンス数の増加)やスケールダウン(減少)が容易に行えます。
ARアプリケーションのスケーリングとリソース管理の課題
コロッセオでのAR体験を楽しんでいるのはあなた一人ではないかもしれません。他の訪問者もパンフレットを脇に置き、より没入感のある体験を選んでいる可能性があります。このように、多くのユーザーが同時にARアプリケーションを利用する状況では、ネットワーク事業者は大量のデータトラフィックに対応するために、モジュール#4のインスタンスを増加(スケールアップ) させる必要があります。一方、訪問者数が減少した場合は、インスタンス数を減らす(スケールダウン) ことができます。このスケーリングプロセスは、オーケストレーターが提供する指示に基づき、アプリケーションマネージャーが管理します。
スケーリングの調整は、単にインスタンス(この場合はコンテナ)の数を変えるだけではありません。基盤となるコンピューティングリソース、ストレージ、ネットワークリソースにも影響を与えます。例えば、モジュール#4をスケールダウンする場合、これらのリソースを解放する必要があります。このプロセスではインフラストラクチャマネージャーが重要な役割を果たします。
インスタンス数を減らす際、アプリケーションマネージャーはインフラストラクチャマネージャーに通知し、該当インスタンスが使用していたリソースを解放します(ステップ3)。また、アプリケーションマネージャーはインフラストラクチャマネージャーに対して、システムの障害やアラームの診断を要求し、ARアプリケーションがクラッシュするリスクを未然に防ぎます。これにより、ユーザーが静かな空のアリーナに逆戻りする事態を避けられます。
MANOプラットフォームの舞台裏
これらのプロセスはすべて、MANO(管理およびオーケストレーション)プラットフォームによって調整されています。以下は、オーケストレーターがアプリケーションマネージャーに送信する指示の一例です:
- 展開手順
- 接続設定
- スケーリング手順
- アップデートおよびライフサイクル管理の指示
同様に、アプリケーションマネージャーはインフラストラクチャマネージャーに次のようなリクエストを送ります:
- リソース割り当ての要求
- 接続設定の調整
- スケーリング指示
- リソース解放指示
- パフォーマンスデータの要求
- 障害およびアラーム診断のリクエスト
これらはMANOプラットフォームが担う役割のほんの一部にすぎません。舞台裏では、さらに多くの複雑な処理が行われていますが、これらすべてが高品質なユーザー体験を支える要となっています。
まとめ
今回の記事が、In-Network Computing(INC) の概念に対し皆様の理解を深め、疑問を少しでも解消する助けになれば幸いです。 コロッセオのARアプリケーションは、INCが活用される数多くの例の中の1つに過ぎません。たとえば他にも、AI/ML(人工知能・機械学習)アプリケーションなどではニューラルネットワークの層を分割し、その計算タスクをネットワーク内に分散させることで、中央クラウドへの依存を減らし、遅延を最適化することも可能です。 また、INCの可能性はそれだけに留まりません。ネットワーク事業者にとっても、INCは内部プロセスや管理業務を革新する鍵となります。ネットワーク全体に組み込まれた計算リソースを活用することで、コロッセオのモジュール配置の最適化のようなタスクを迅速化し、よりアプリケーションや顧客中心のネットワークを構築することができます。 INCは、未来のネットワークインフラを支える基盤技術として、私たちの生活やビジネスを変革していくでしょう。引き続き、この革新的な技術の進化に注目してください!