NTTドコモR&Dの技術ブログです。

一般社団法人情報通信技術委員会より、2025年度功労賞を受賞したお話

はじめに

NTTドコモ コアネットワークデザイン部の佐藤と申します。このたび、情報通信ネットワークに関する標準化とその普及を行う一般社団法人 情報通信技術委員会(以下、TTC)より、「PSTNマイグレーションに関するIP相互接続仕様の標準化活動にかかわる功績」が認められ、2025年度功労賞を受賞いたしました。 本記事では、受賞した功績の概要とこれまでの営み、並びに活動を振り返って思うことを綴ります。

表彰式

そもそも、TTCとは?

TTCのサイトにおいて、以下のように説明されています*1

国内の情報通信ネットワークに関する標準化を扱うSDO(標準化団体)で、総務省電気通信システム委員会の決定により、ITU-Tの全SG(SG3とSG9を除く)とTSAGに対して、日本からの寄書の事前審議を行い、日本の対処方針案を作成するとともに、必要に応じて日本寄書の提案を電気通信システム委員会に対して行うアップストリーム活動を付託されています。
また、ITU-Tの勧告A.5、A.6によりITU-T勧告が標準参照できる組織として認定を受けています。

ここで出てくる大事なKeywordは「標準化」です。標準化という言葉は

・「標準」を作る
・「標準」に(自分が作るものを)あわせる

の2つの意味で使われますが、ここでは前者を意味しています。そして、作る「標準」とは簡単に言うと「手段をみんな一緒にしよう、同じルールでやろう」という考え方に該当します。 つまり、TTCとはシンプルにいえば「情報通信ネットワークおける共通なルール作りをしている団体」になります。

当然こういう団体はTTC以外にも存在し、「世界で共通のルールを作ろう」という視点のものもあります。音声通信に関連するものでいうと、ITU-TのG勧告やQ勧告、IETFのRFC、3GPPのTS文書などが挙げられます。TTCはそれらの関連国際標準を基本とし、日本国内において「日本独自の文化に沿った独自規定」や「国際標準の解釈誤り(ミスリード)の発生を防ぐ表現での伝達」といったことを主軸に日本国内の標準化を行っている団体です。

TTCには実際、標準開発機能を担う組織として専門委員会が存在します。

この専門委員会が標準化、いわゆるルール整備を行う母体で、最新技術分野・テーマについて情報収集や議論の場を設けています。 専門委員会は通信網のレイヤ構造に基づいて5つの技術領域に分類し、その分類のもと、18の専門委員会に分かれて議論を行っています*2

TTC専門委員会の構成

表彰にあたり、どのような活動が認められたのか?

功労賞の表彰対象としては「TTCの事業として相当期間、標準の作成維持等に積極的に参画しその功績が著しい者」となっています。 私はこの18の委員会の中でこれまでの経歴上「プロトコル・NW管理・品質」部門の「信号制御専門委員会」「網管理専門委員会」「番号計画専門委員会」に属したことがあり、各委員会での議論に参加して参りました。 その活動の中でも特に、信号制御専門委員会に属する「SIP SWG」に参加し、国内標準化活動に従事し、各種標準の制改定に携わって参りましたので、その功績が認めていただけたのだと思っております。

SIP SWGは2003年7月に第1回目の会合が開催されたようで、2025年6月現時点における直近の開催は2025年2月に開催された第159回SIP SWGです。この開催数はTTCの各専門委員会内のグループにおいてトップクラスに多い活動であり、長い歴史を持っているものとなります。私は2016年7月に開催された第90回SIP SWGへの参加が、信号制御専門委員会の会合としては初参加になり、それ以降、主だったものとして以下に挙げるような標準文書の制定・改定議論に従事して参りました。

       表:制改定に携わった主なTTC標準

標準文書番号 標準タイトル 私が初参加した時期の版数 2025年6月時点の最新版数
JJ-90.27 着信転送サービス(CDIV)に関するNNI仕様 2.0 10.0
JJ-90.28 緊急通報呼に関するNNI仕様 4.5
JJ-90.30 IMS事業者網間の相互接続共通インタフェース 3.0 13.0
JJ-90.31 キャリアENUMの相互接続共通インタフェース 2.0 6.0
JJ-90.32 SIPドメイン解決のためのDNS相互接続共通インタフェース 4.0
TR-1088 IMS事業者網間の相互接続共通インタフェース シーケンス/メッセージ例 04.0

日本国内においても、さまざまな考え方・文化をもった通信事業者が複数存在します。これらがフルメッシュでそれぞれの事業者間を接続するには、共通のルールがないと現実的に不可能です。 よってこれらの標準は、信号制御専門委員会の目的としても表現されている「PSTNマイグレーションの円滑な移行をめざす」ために必要なルールを意識して作ってきました。 JJ-90.30やJJ-90.31の初版制定がなされたのが2015年(私が参加した1年前)であったことから、まさにこれらの標準制改定とともに歩んできたものとなり、それと同時にPSTNマイグレーションとも寄り添った活動をしてまいりました。

PSTNマイグレーション?

まず「PSTN」とは?ですが、こちらはPublic Switched Telephone Network、いわゆる「公衆電話網」という、従来音声通話を提供するための利用されてきたネットワークをさします。 PSTNマイグレーションとは、公衆電話網で形成された音声サービス提供基盤をIP網へ移行することをさします。近年、NTT東西さまをはじめとした固定電話事業者さまの提供するIP電話や光電話、当社としてもVoLTEという高音質な音声サービス提供といった背景もあり、音声基盤のIP化需要が高まっていました。加えてPSTNで利用されていた交換機の維持限界(いわゆる、装置寿命)も見え始めたことも踏まえ、マイグレーションをするという検討が開始されました。 この活動についても少し歴史について触れますが、上記にかかる全国の通信事業者による議論は、2010年11月にNTT東西社が「PSTNのマイグレーションに関する概括的展望」を公表したことに始まり、その後2011年から音声サービスを提供する国内全事業者で、このPSTNマイグレーションを進めるための意識合わせの場が始まりました。

私は2013年4月に人事異動により、音声相互接続に係る渉外活動を営む立場の部門に配属され、それ以降、制度的視点の立場で本意識合わせの場に参加させていただきました。その3年後、次の異動先となる開発部門のおいても継続してこの活動にかかわることができ、PSTNマイグレーション意識合わせの場という国内全事業者の議論の場と、TTCのSIP SWGとい標準議論の場の両方に平行で参加させていただきながら、2024年12月の完全移行完了を見届けることができました。

この活動を通じて

2012年までの自分は、サーバ装置類のコア開発に関する経験がなく、ましてや直接音声ネットワークにかかわったこともない業務経歴でした。 そんな自分が、このようなビッグプロジェクトに長きに渡り携わるとは思っておりませんでしたし、ましてや今回いただいたような表彰をいただける身にまで成長できるとは考えてみたことすらありませんでした。

ポイントとなったのは2点だと思ってます。

・「社外の人と意見を取り交わす」ことの緊張感と事前準備
他社と合同で行われる意見交換の場においては、社の代表的立場としての発言にあたり多大なる緊張感がつきまといます。そういった場で発言をしていくという立場になったことで、責任を持った発言をするための事前準備をすることが多かったと思います。最近ではかなり気軽に話せる他社の方も増え、いろいろな情報交換をできるような立ち振る舞いができるようになりましたが、そのような中でも常に「一線を越えない」「社の代表的位置づけとして恥ずかしくない」発言をしなければならないことは根底にありますので、常に考えながらコミュニケーションをとっています

・「自社の実装状態を意識した」標準改定時の交渉
標準化は、繰り返しになりますが、ルール化に該当するものです。自分の会社の方針や装置の実装状況にそぐわないルールを作ってしまっては、方向転換や作り直し等自社不都合が発生してしまいます。一方、国内標準は国内全事業者の統一ルールという位置づけで制定されるものであるため、自社都合を単に押し付けるだけの活動はできません。この状態での意見に関する方向性のバランス、つまり、たとえばAとBの二つの選択肢があるときに

 ・Aなら今の自社装置の実装に即しているから推していこう、Bは対応インパクトが大きいから回避だ
 ・Bはたぶん国際標準を踏まえても適切な動作だろう。自社実装はAとなっているらしいが、国内全事業者の今後のためにはBを標準とすべきだ

の2つの選択肢でどちらを選ぶか?の見定めは悩ましい経験でした。

「基本は前者で交渉したい」
「じゃあ前者が適切とできる論理的根拠があるのか」
「ある!」 or 「考えてみたけどないな、やっぱり後者だ」

上記のように、最後にある「考えてみたけどやっぱりないな、後者だ」というところを思案することが多かったのも成長の要因と感じています。

途中記載しましたように、PSTNマイグレーションと呼ばれる国内通信事業者全体で営んできたプロジェクトは昨年12月にいったんの終了を迎えました。しかしながら、IP相互接続に係る検討が終わったわけではないと考えています。

これまではPSTNを知る事業者が「移行」する観点で意見を取り交わし、意識合わせをして標準というルールを形成してきました。しかしながら、今後はPSTNを知らずに音声通話の世界に新規参入される事業者も増えていくのではないかと想定しています。 そういった事業者が混乱せずに、国内の通信事業者と相互接続を円滑に実現できるか?が、これまで制改定に携わった各種TTC標準の効果測定になると考えておりますし、また問題があれば都度改版する営みを、必要に応じて立ち上げる行動をおこすなどのマインドで、今後の情報通信サービスの発展に際して、微力ながら引き続き貢献できればと思ってます。

会場での写真と楯になっている木彫りの表彰状