自己紹介
ドコモユーロ研で所長をやっています、田中威津馬(たなか・いつま)と申します。ユーロ研はドイツミュンヘンにあり、通信規格の国際標準化の拠点として、現在は6Gとネットワーク仮想化基盤の研究開発と国際標準化を中心にとりくんでいます。世界各国の事業者・ベンダが採用し世界80億人のひとたちの暮らしを支える技術を創り、世界に貢献をしたい・・そんな思いで日々仕事に邁進しています。また、ユーロ研では YouTube チャンネル も運営しており、技術トピックをわかりやすく解説する動画も公開しています。専門的な領域に触れつつ、できるだけ身近な視点で通信技術を紹介していますので、興味のある方はぜひ覗いてみてください。
今日のテーマと、この記事を誰に読んでほしいか?
この記事では、昨年のアドベントカレンダーにひきつづき、スマホがつながる仕組みの基本的な機能概要について解説します。過去の文献はドコモテクニカルジャーナルで多くが公開されており、どなたでも閲覧可能です。ですが意外と、「スマホがつながるための通信システムの「アーキテクチャの基本的な考え方」を解説した記事は多くありません。(ないしは、存在していても、すごくむずかしい)。本記事は、ネットワークの仕事に携わりはじめた方や、モバイル技術初学者に読んでいただくことを想定しています。これを読み終わると「ワイらのスマホ、あそこの基地局のアンテナに無線でつながってんねん。知らんけど。」よりちょっとだけ上の説明ができるようになってるかもしれません。*1
「スマホって、電源を入れたら自然につながるよね」と思っている方は多いかもしれません。しかし、その1秒にも満たない裏側では、意外なほど複雑で繊細な判断が行われています。本記事では、その仕組みをやさしく紐解いていきます。
📱スマホはどうやってネットワークを選んでいるのか
〜報知情報とSIMカードに隠れた“意外と知らない”仕組みを紹介します〜
スマートフォンの電源を入れた瞬間、何も操作していなくても、いつの間にか通信ができる状態になっていることに気づくと思います。私たちは当たり前のようにその恩恵を受けていますが、よく考えてみると、周囲には複数の通信事業者による電波が飛んでいるはずなのに、なぜ自分の契約しているネットワークに自動的につながるのでしょうか。意識する場面はほとんど無いのに、確かに“つながるべき場所”に確実につながってくれる不思議さがあります。
さらにいうと、「SIMカードって、ただ電話番号が入っているだけのカードだと思っていた」 という声も実際によく耳にします。ところが、実際のSIMカードには、そのイメージを覆すような“意外な役割”がたくさん詰め込まれています。今日は、そんな「知っているようで知らない」ネットワーク選択の仕組みについて、少しゆっくりと説明してみたいと思います。
■ 周囲には複数の通信事業者の電波が飛んでいます
日本国内には、NTTドコモをはじめ、複数の通信事業者がサービスを提供しています。普段意識することはありませんが、街中や屋内では、そのすべての事業者の電波が同時に飛び交っています。スマートフォンは、その中から 自分が接続すべきネットワークを正しく選び出す必要があります。
それでは、どのような手順で「自分のネットワーク」を見つけているのでしょうか。
■ 電源を入れた直後、スマホは想像以上に忙しく動いています
電源を入れてロゴが表示されるあの短い時間。スマートフォンはすでに複数の作業を並行して行っています。このプロセスは、内部をのぞく機会がほとんどないため知られていませんが、実はかなり“濃い”作業が短時間に詰め込まれています。
① 周囲の電波をスキャンして候補を集める
まず最初に行うのは、近くに存在する電波のスキャンです。スマートフォンは、さまざまな周波数帯を順番に確認しながら、
- どの周波数にセル(基地局の電波)が存在しているか
- 通信方式(LTE・5G)
- 電波がどれくらい強いか
- 技術的に接続可能な状態か
といった情報を集めていきます。
この段階ではまだ“どこにもつながっていない”状態ですが、必要な下調べは着々と進んでいます。

② セルが発信している「報知情報(System Information)」を読む
次にスマートフォンが行うのは、“報知情報”を読み取ることです。報知情報は、基地局が常に周囲に向けて発信している、いわば「無線の世界の案内板」のようなものです。 ここには、
- 事業者の識別情報(MCC/MNCといった事業者番号)
- どの周波数が利用可能か
- セルに接続可能かどうか
- 特定バンドの設定など基本的な無線パラメータ
といった情報が含まれており、スマートフォンはこれらを読んで、接続してよい事業者のセルかどうかを判断します。

③ SIMカードに書かれた“接続ルール”と照合する
そして、このタイミングで登場するのがSIMカードです。
先ほど少し触れましたが、「SIMカード=電話番号」だけではありません。
むしろ、電話番号よりも、ネットワーク選択に関わる“設定情報”のほうがずっと重要だと言っても過言ではありません。
具体的には、SIMカードには次のような情報が書き込まれています。
- 契約している事業者の識別情報
- 優先的に接続すべきネットワーク
- 禁止されているネットワーク
- ローミング可能かどうか、などなど・・
スマートフォンは、集めた報知情報と、このSIMカードの設定を照合しながら、「どのネットワークに接続するのが正しいか」 を判断しているのです。
この“照合作業”によって、複数の電波が存在する環境でも、迷わず契約している事業者に接続できる仕組みになっています。
■ 待受中も通信中も、スマホは常によりよいセルを探しています
ネットワーク選択は電源投入時だけの話ではありません。
待受状態であっても、スマートフォンは常に「よりよいセルがないか」を探索し続けています。これが Cell Reselection(再選択) と呼ばれる仕組みです。
• 電波が弱くなっていないか
• もっと良い品質のセルが近くにないか
• より安定した周波数帯が利用できないか
といったことを一定の基準に沿って判断しています。
また通信中の場合は、Handover(ハンドオーバー) という別の仕組みでセルを切り替えます。これによって、移動中でも通話が途切れにくかったり、動画再生が途切れにくかったりするわけです。

■ 「報知情報、ちょっと見てみたい」という方へ
ここまで読んでいただくと、 「その“報知情報”って実際はどう見えるんだろう?」 と思う方もいらっしゃるかもしれません。実は、報知情報を観察するいくつかの方法があります。ただし、ここは少し注意が必要です。
フィールドテストモード(Field Test Mode)
一部のスマートフォンには、電波情報を確認するための“隠しメニュー”が存在します。電波強度やセルの情報など、報知情報の一部を確認できる場合があります。ただし、 ※ ここは非常に重要です:ドコモ公式の機能ではありません。
- 端末メーカーやOSによって動作が異なる
- 内容が正確である保証はない
- 技術者向けの機能であり、サポート対象外
- 利用する場合は 完全に自己責任
という点を、強調しておきます。
測定アプリ
アプリストアには、基地局情報を取得して表示するアプリも存在しますが、こちらも同様に ドコモ公式ではなく、自己責任での利用が前提 となります。
プロ向け測定器
通信事業者が利用するプロ向けの測定器であれば報知情報を詳しく解析できますが、こちらは一般向けではありませんので、雰囲気を知る程度で十分かと思います。
■ おわりに
電源を入れるだけで通信できてしまうスマートフォンですが、その裏では、
- 周囲の電波状況を把握し、
- セルの案内情報(報知情報)を読み取り、
- SIMカードに書かれたルールと照らし合わせ、
- 最適なネットワークを選び、
- 状況に応じてセルを切り替え続ける、
といった、多くの“気配り”が行われています。
普段は気づきにくい仕組みですが、こうしたプロセスが正しく動作しているからこそ、私たちは快適に通信を利用できています。
我々が研究開発・国際標準化を進める次世代通信規格6Gでは、これら技術のさらなる効率化・進化にも取り組んでいます。本ブログ上で、「6G」のタグから、さまざまな関連技術・取組についてもぜひ検索してみてください。
もし、スマートフォンがつながるまでの1秒にも満たない裏側に、こうした細かな仕組みが動いていると知っていただけたならうれしいです!
*1:Editor’s Note: なので、本記事では概念的解説を優先し、正確性や具体性はかなり端折ります。細かい技術的解説は様々な過去文献を漁ってください。また、世界中で採用されており公開されている標準規格アーキテクチャをベースに解説します。ドコモやNTTの実装は関係ありません。