スマートフォンが宇宙と直接通信する――。
近年、こうした「Direct-to-Device」と呼ばれる通信が世界的に注目されています。
しかしここで一つの疑問があります。
スマートフォンの送信電力で、GEO衛星と通信することは本当に可能なのでしょうか?
GEO衛星通信では、36,000kmという距離による信号の弱さと、約500msの通信遅延という2つの課題を同時に解決する必要があります。
なお本研究は、特定の通信方式の標準化を目的としたものではなく、
スマートフォンとGEO衛星の直接通信が成立するのかを技術的に評価することを目的としています。
本記事では、2026年に福岡で開催された電子情報通信学会(IEICE)総合大会で発表した研究内容と、その取り組みについて紹介します。
本記事を読んでわかること
- NTN(衛星通信)におけるスマートフォン通信の技術課題
- GEO衛星通信におけるアップリンク通信方式の比較評価
- 学会発表を通じて得られた技術的な気づき
はじめに
こんにちは。NTTドコモ 6Gテック部でNTN技術の検討を担当している髙橋です。
近年は、スマートフォンと衛星の直接通信(Direct-to-Device)が世界的に急速に広がっています。こうした背景を踏まえ、
HAPSやLEO衛星、GEO衛星も含めたNTNトータルの通信技術を検討する取り組み
を進めています。
この中で私はNTNという新しい分野に取り組むこととなり、まずは衛星通信特有のリンクバジェットや遅延の考え方を理解するところからスタートしました。
本記事は、そうした試行錯誤の中で進めてきた研究を学会で発表するまでの取り組みをまとめた、いわば"健闘記"のような内容です。
目次
IEICE総合大会2026の様子
電子情報通信学会(IEICE)総合大会は、通信・電子・情報分野の研究者や技術者が集まり、研究成果の発表や議論を行う国内最大級の学術大会です。
2026年の総合大会は福岡市の九州産業大学で開催され、通信、信号処理、ネットワークなど幅広い分野の研究発表が行われました。
特に、B-3セッションでは衛星通信やNTNに関する研究が集まり、活発な技術議論が行われています。
私は今回、「NTN通信における低SNR領域での上り通信方式比較評価」というテーマで発表を行いました。

スマホ×GEO衛星通信は成立するのか?
ここからは、今回の研究内容について紹介します。
まず、スマートフォンとGEO衛星の直接通信がどのような技術課題があるのかを整理していきます。
NTNは、地上ネットワークに加えて衛星やHAPSなどを利用することで通信エリアを拡張するネットワークです。
近年では、スマートフォンと衛星の直接通信が注目されていますが、GEO衛星を対象とした場合は難易度がさらに高くなります。
主な課題は次の2つです。
① 伝搬ロス(信号の弱さ)
スマートフォンの送信電力は限られているため、約36,000km離れたGEO衛星との通信ではリンクバジェットの確保が難しくなる可能性があります。
② 長い伝搬遅延
GEO衛星通信では往復で約500msの遅延が発生します。
通常の通信では、エラー時に再送を行う
HARQ(通信エラーが発生した際に再送を行う仕組み)
が使われますが、
これは「送信 → 応答 → 再送」という制御を行うため、遅延が大きいと通信効率が低下する可能性があります。
今回の研究アプローチ
今回の研究では、アップリンク通信方式として
- DFT-s-OFDM
- DS-CDMA
の2つを比較しました。
DFT-s-OFDMは、現在の4G / 5Gで使われている標準的な通信方式です。
一方、DS-CDMAは、3G携帯電話で広く使われていた通信方式で、信号を広い帯域に拡散することで処理利得を得る特徴があります。
イメージとしては
- OFDM:高速通信に強い
- CDMA:弱い信号に強い
という違いがあります。
今回の研究では、スマートフォンの送信電力が限られる環境で、この違いがどのように影響するかを評価しました。

シミュレーション評価結果
評価の結果、いくつかの重要な傾向が確認されました。
まず、GEO衛星通信ではHARQを適用すると、遅延の影響により通信効率が低下する可能性があります。
一方で、再送を行わずに信号を送り続ける方が効率的になるケースがあることが分かりました。
また通信方式の比較では
- OFDMは雑音の影響を抑える工夫が有効
- CDMAは低SNR環境で有効な可能性
が確認されました。


学会での議論
質疑では、特に標準化動向や方式選択に関する質問がありましたが、GEO衛星通信へのCDMA適用については、スマートフォン通信を対象とした3GPPでの議論は現時点では行われていません。
また、長遅延環境ではHARQよりも連続送信が有効ではないかという議論もあり、今回の結果とも整合する内容でした。
さらに、一部の国ではHPUE(高出力端末)を用いた衛星通信の事例も報告されており、実用化に向けた関心の高さを感じました。

まとめ
今回の研究では、GEO衛星通信におけるスマートフォン通信の成立可能性を評価しました。
- 遅延の影響が非常に大きい
- 通信方式の工夫が必要
- 端末やシステムの拡張が必要となる可能性
といった点が明らかになりました。
おわりに
NTN通信は現在も活発に研究開発が進められている分野です。
スマートフォンと宇宙を直接つなぐという観点で、非常に魅力的な技術領域だと感じています。
今回の研究や学会での議論を通して、この分野の難しさと面白さを改めて実感しました。
今後も引き続き技術検討を進めていきたいと思います。