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衛星通信はどこまで速くなる?スマホ衛星直接通信における回線容量の拡大手法を検証してみた

はじめに

こんにちは!6Gテック部 NTN技術担当の2年目社員の松山です。
この度、2026年5月14日から15日にかけて北海道釧路市で開催された「電子情報通信学会 衛星通信研究会(SAT)」にて、研究発表を行ってきました。

本記事では、無線通信技術や非地上ネットワーク(NTN)に関心がある方、ドコモの若手研究者がどのような研究開発に取り組んでいるかに関心がある方などに向けて、発表内容や学会での議論を紹介します。

【本記事でわかること】

  • ドコモの若手研究者がどのような研究開発を行っているか
  • NTNにおけるスマホ衛星直接通信の課題
  • スマホ衛星直接通信におけるスループット向上手法の評価
  • 研究発表を通した気づき

目次

衛星通信研究会(SAT)とは

衛星通信研究会(SAT)は、衛星通信に関連した研究発表や議論を通じ、研究者や技術者が相互に交流を深める場として、年5回開催されている学会です。
今回の研究会では、NTNを中心に、ネットワーク制御技術、衛星間光通信、アンテナ開発、標準化動向など多岐にわたる発表が行われていました。

会場入口写真

発表までのプロセス

ここでは、研究会での発表に至るまでにドコモの若手研究者がどのようなプロセスを実施しているかについて、私の例を紹介します。さらに、学生と企業における研究開発の違いについても整理します。

対外発表に至るまでの研究開発のプロセス

▷ 課題の抽出

まず、NTNではどんな課題があるのかを、文献サーベイなどを通して体系的に抽出します。例えば、

  • ハンドオーバー(ユーザが地上通信と衛星通信をどう切り替えるか)
  • リソース制御(地上通信と衛星通信に割り当てられる資源をどのように制御するか)
  • 回線容量の低さ(衛星通信の回線容量を増やし用途を広げるにはどうすればよいか)

など、多岐にわたる課題を整理していきます。

▷ 課題の具体化

抽出した課題の中から、対象とするテーマを絞り込みます。その際、以下のような観点でテーマを決定していきます。

  • 需要(真に求められている価値は何か)
  • 実装容易性(実現可能な手法で、低コストでありながら有益な課題解決が可能か)
  • 新規性(既存の研究動向を踏まえた未検討領域の有無)

▷ 課題解決手法の検討と評価

具体化した課題に対して、解決手法を検討します。その際、以下のような観点で整理します。

  • 既存手法の適用可否(既存技術がどこまで有効か)
  • 新規手法の必要性(既存手法で対応できない条件の有無)

さらに、課題に対する解決手法を、シミュレーション、ラボ環境での検証、実機検証を通じて評価します。必要に応じて、アイディアについての特許出願も実施します。

▷ 結果分析と対外発表

シミュレーション、ラボ環境での検証、実機検証の結果をもとに、解決手法の有効性や課題を分析します。また、対外的に成果を発信するべく、論文執筆および発表資料の作成を実施し、研究会での発表を通してフィードバックを得ます。

学生と企業における研究開発の違い

学生と企業における研究開発の最大の違いは、その営みのゴールにあると考えています。
具体的には、以下のような違いがあります。

  • 学生(大学)での研究のゴール:学術的価値(知見の蓄積や理論的理解の深化)の創出
  • 企業での研究開発のゴール:事業価値(サービスや製品への適用や社会実装)の創出

すなわち、学生の研究が主に新しい知見の創出を目的とするのに対し、企業の研究開発は技術を価値として実現することを主目的としています。この違いが、研究テーマの選定や研究の進め方にも表れます。

今回の発表内容

ここからは、今回の研究の背景から今後の展望に至るまでの内容について紹介します。

▷ スマホ衛星直接通信の背景

近年、山間部や離島・海上などへのカバレッジ拡大や、災害時などの地上インフラが利用できない状況における通信確保への需要が高まっています。
こうした背景に対し、NTNは、静止軌道衛星(GEO)や低軌道衛星(LEO)、高高度プラットフォーム(HAPS)などを用いて、これまでモバイル通信圏外だったエリアを上空からのビーム照射で通信エリア化するネットワークとして注目されています。
その中でも、スマホ衛星直接通信(D2C)は、我々が普段利用しているスマートフォンが、衛星と直接通信するサービスであり、近年世界的に広がっています。

スマホ衛星直接通信のシステム構成イメージ

▷ スマホ衛星直接通信の課題

一方で、現状のスマホ衛星直接通信は、SMSやチャット、緊急SOSなど利用できるアプリケーションが限られています。これは、主に以下の課題に起因しています。

① 長い伝搬距離
GEO衛星は高度約36,000km, LEO衛星は高度約500~2,000kmと、地上のモバイル通信と比較して非常に長い距離で通信を行う必要があります。このため、受信される信号電力が弱くなり、その結果として確保できる回線容量も小さくなります。また、長い伝搬距離に伴い通信の往復遅延時間も大きくなるため、通信効率が低下します。

② D2C通信特有の伝搬特性
スマホ衛星直接通信では、密集都市部から農村部に至るまで様々な地上環境が想定されるほか、地上端末から見たときの衛星の高さ(衛星仰角)が時々刻々と変化するなど、従来の地上通信環境とは異なる特徴を有する伝搬環境となります。このような環境では、回線容量の拡大が求められる一方で、地上通信を前提としたMIMO通信技術(複数アンテナを用いて通信容量を高める技術)などの大容量化手法が、衛星と端末が直接見通せる性質(LoS支配性)と反射による多重経路が少ない性質(低マルチパス性)により有効に機能しない場合があります。そのため、スマホ衛星直接通信に適した独自のアプローチが必要になります。

このような課題を克服し、スマホ衛星直接通信において動画などのより高度なサービスを、遠隔地に限らずさまざまな環境で利用できるようになることが大きな需要となっています。

サービスリンク伝搬環境の課題

▷ 今回の研究アプローチ

そこで今回の研究では、スマホ衛星直接通信において実効的なスループットの改善が期待できる手法として、送信遅延ダイバーシチ方式に着目しました。同方式は、送信遅延波を意図的に付加することで人工的なマルチパスを生成し、低マルチパス環境において通信品質の向上を図る方式です。MIMO通信技術の普及した5G以降では主流ではなくなった方式である一方、スマホ衛星直接通信のような低マルチパス性を有する伝搬環境においては親和性が高く、さらに実装容易性の観点からも適用しやすいと考えました。
このような背景から、本研究ではスマホ衛星直接通信環境を想定し、送信遅延ダイバーシチ方式における送信遅延波の設計(特に送信電力)が性能に与える影響も含めて、その有効性を検証しました。

送信遅延波活用のイメージ

▷ シミュレーション評価結果

シミュレーション評価では、スマホ衛星直接通信特有の環境を想定すべく、3GPP(携帯通信の国際標準仕様を策定する国際的な標準化プロジェクト)に規定される以下二つの代表的なシナリオを想定し評価しました。

  • NTN-TDL-Cモデル:衛星仰角50°のLoSチャネルかつ低マルチパス環境
  • NTN-TDL-Dモデル:衛星仰角50°のLoSチャネルかつ低マルチパス環境、CモデルよりもLoSの性質が強い

さらに、LEO衛星に代表されるような高速移動(Doppler)を想定した場合もあわせて評価を行いました。

シミュレーション結果(NTN-TDL-C)

シミュレーション評価の結果、NTN-TDL-C モデルの場合には、高速移動による影響の有無によらず送信遅延波を人工的に付加することで実効スループットが改善されることがわかりました。これは、低マルチパス性の環境において送信遅延波により人工的にマルチパスが生成され、信号の乱れの影響を受けにくくなり、結果として受信側でより正しく情報を復元できる(符号化利得が高まる)ためと考えられます。

シミュレーション結果(NTN-TDL-D)

一方で、NTN-TDL-Dモデルのケースにおいては、高速移動が存在しない場合において、送信遅延波電力が最大の場合(pDelay=0.5)の実効スループットが、より小さい場合(pDelay = 0.1)を下回る結果となりました。これは、LoSの性質が強い環境では、送信遅延波に電力を割り当てることで主信号(先行波)の電力が低下し、その影響が支配的になるためと考えられます。

このような評価により、

  • スマホ衛星直接通信における送信遅延波活用の有効性
  • スマホ衛星直接通信における伝搬シナリオ(衛星仰角や地上環境)に応じた送信遅延波電力制御の必要性

が確認されました。

▷ 今後の展望

今回の検証を踏まえ、今後は以下のような観点で引き続き研究を進めていきたいと考えています。

  • さまざまな伝搬シナリオ(衛星仰角や地上環境)を想定した体系的な評価
  • 伝搬環境情報に応じた送信遅延波電力制御手法の指針策定

▷ 発表後の議論

発表後の質疑応答では、聴講者の方々から主に以下のような質問をいただきました。

  • 偏波MIMO(励振角度が90度異なる2波で電波を送受信する通信技術)などの多重化技術と組み合わせて活用できるか
  • 実際は時々刻々と通信環境が変わると思うが、方式適用や電力制御をどのように柔軟に適用していくのか

このような質問を通して、スマホ衛星直接通信の高度化に対する関心の高さを感じるとともに、今後の研究活動を進める上での新たな視点を得ることができました。

発表の様子

まとめ

今回の研究会では、スマホ衛星直接通信における回線容量の拡大手法を評価しました。
NTNは現在非常に活発に研究が進められている領域であり、既存の課題を克服し、将来的にどのような形で価値を提供するかはさまざま議論が行われています。
そうした中で、ドコモでは若手研究者であってもこういった領域に果敢に挑戦できる環境があります。
私は、こうした領域の検討を一歩でも前進させられるよう、今後も取り組んでいきたいと考えています。

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