はじめに
NTTドコモ サービスイノベーション部の林です。 2025年11月12日にNTTドコモとNTTの連名で1to1マーケティングを加速するAI技術「大規模行動モデル(LAM)」を確立 〜お客さまの「どうしたい」を予測して販促施策を個別化することで、テレマーケティングの受注率を最大2倍に向上〜というタイトルで報道発表を行いました。本記事では、「ドコモでLAMをどのように活用する準備を整えていたのかを知りたい」、「LAMを自社でどのように活用できるのか知りたい」、という方に向けて、発表内容の一部を抜粋し、データ分析基盤の整備とマーケティングへの応用例をわかりやすく解説します。
NTTドコモ報道発表(トピックス):
https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/info/news_release/topics_251112_d1.pdf
NTT報道発表:
https://group.ntt/jp/newsrelease/2025/11/12/251112a.html
以下が報道発表内容の抜粋です。
発表のポイント
- オンラインや店舗など、多様なお客さま接点から得られる時系列データをもとに学習した大規模行動モデル(LAM: Large Action Model)により、一人ひとりのニーズに応じた1to1マーケティングを実現しました。
- LAMの研究開発はNTTが担当。お客さまの時系列データから行動順序のパターンを事前に学習してお客さまの「どうしたい」を予測し、販促施策の内容や方法、タイミング、効果を追加学習で個別化できる設計により、多様な販促施策への柔軟な対応を可能にしました。
- お客さまデータの「4W1H(誰が/いつ/どこで/何を/どうした)」形式への統合、LAM構築、ならびに販促施策での効果検証※1はドコモが担当。テレマーケティングを通じたモバイルおよびスマートライフ関連サービスの受注率が従来比で最大2倍に向上する効果を確認しました。

1.マーケティング高度化の背景と課題
企業がお客さま満足度の向上と新たな収益機会の創出をめざす中、マーケティング施策の高度化が重要な課題になっています。これまでは、年齢や性別といった属性にもとづいてお客さまをグループ化し、それぞれに適した提案を行う「セグメントマーケティング」が主流でした。しかし近年では、お客さま一人ひとりのニーズに個別化した提案を行う「1to1マーケティング」が注目されており、より精緻なお客さま理解が求められています。
1to1マーケティングを効果的に実現するには、日々の多様なお客さま接点から得られる時系列の行動データを活用し、商品購入やサービス契約に至るまでの一連のプロセス(カスタマージャーニー)を踏まえたニーズの把握が不可欠です。しかし、接点ごとにデータの頻度や形式が異なるため、時系列データの統合と分析には技術的な課題がありました。例えば、アプリでは高頻度な操作履歴が蓄積される一方、店舗では購入商品や支払い手段などの低頻度なデータが中心です。これらを統合的に扱うことは困難であり、さらに、接点の組み合わせや順序まで考慮してお客さま理解を深めようとすると、分析の複雑性と計算コストが大幅に増加してしまいます。
こうした課題に対し、NTTとドコモは、ドコモのテレマーケティング業務を1to1マーケティングのユースケースとして選定し、共同で解決に取り組みました。
2.経緯と連携
ドコモは、多様なお客さま接点データを「4W1H(誰が/いつ/どこで/何を/どうした)」形式の統一的な時系列データへと変換する「CX分析基盤」を開発し、データ活用の効率化を推進してきました。
一方、NTTは、数値データとカテゴリカルデータが混在する時系列データを対象に、行動順序のパターンを学習・予測するAI技術「大規模行動モデル(LAM: Large Action Model)」の研究開発を進めてきました(図2)。LAMは、大規模言語モデル(LLM: Large Language Models)に類似した構造を持ち、Transformer※2ベースのアーキテクチャにより、将来の行動予測を可能にします。
今回、両社はこれらの技術を融合し、ドコモのCX分析基盤を活用してお客さまデータを時系列に統合し、NTTのLAMをもとにチューニング手法を工夫して計算コストを削減したドコモ独自のLAMを構築しました。
3.成果の概要
① LAM技術の確立と効率化
大規模なモデルやデータを扱う際には、予測性能の向上と引き換えに計算コストが増加する課題があります。今回、設計とパラメータの工夫により、ドコモ独自のLAM構築コストを145GPU時間(事前学習に132GPU時間+追加学習に13GPU時間)で実現しました。事前学習ではお客さまの「どうしたい」を予測するのに必要なパラメータを調整し、追加学習では販促施策を個別化するのに必要なパラメータを調整します。この計算コストは、NVIDIA A100(40GB)8基で1日分に満たない計算に相当します。参考までに、オープンソースのLLMの一つであるLlama-1 7Bの学習リソース(82,432GPU時間)と比較して約568分の1の効率です(図3)。
この成果により、費用対効果の高いLAM構築ノウハウを蓄積し、実際のマーケティング事例への適用を実現しました。

② 1to1マーケティングによる業務改善
構築したドコモ独自のLAMを活用し、お客さまごとのニーズとテレマーケティングの必要性をスコア化しました。そして、必要性の高いお客さまに優先的にご提案することで(図4)、モバイルやスマートライフ関連サービスの受注率が従来比で最大2倍に向上する効果を確認しました。ご提案した複数のお客さまへのヒアリングからは、店舗での手続きを希望しながらも育児などで来店が難しかった方や、料金プランの変更に迷われていた方などに対して、適切なタイミングでご案内できたことが明らかになりました。

4.各社の役割
- NTT:LAMの研究開発、チューニング手法の提供
- ドコモ:CX分析基盤の研究開発、許諾済み個人情報を用いたLAMの学習・推論、テレマーケティングの提供
5.技術のポイント
① CX分析基盤
ドコモが提供するオンライン・オフラインの各種サービスを横断的に統合し、お客さま理解を深めサービス改善を支援する分析基盤です。4W1H形式により、異なる接点データを統合的に取り扱うことが可能です。
② 大規模行動モデル(LAM:Large Action Model)
NTTが研究開発したTransformerベースの時系列予測AIです(図2)。数値データとカテゴリカルデータが混在し、欠損や偏りを含むデータにも対応可能です。
LAMは行動の順序に応じた意味の違いを理解します。例えば、テレマーケティング(テレマ)、商品ページ閲覧、購入の3つの行動について考えてみます(図5)。 - テレマ → 閲覧 → 購入:テレマが商品の認知を促進した可能性 - 閲覧 → テレマ → 購入:テレマが商品への関心を深めた可能性 - 購入 → テレマ:不具合などのサポートの可能性
このように、前後関係が違えば各行動の意味が変わります。LAMは、このような行動の持つ意味を見分けてお客さま理解を深め、お客さまの「どうしたい」を正確に予測します。さらに、階層型Transformerの構造で頻度や形式の異なるデータを段階的に集約するなどの工夫を加えることで、学習を効率化しました。

6.LAM技術の応用例
NTTは、LAM技術の多様な分野への応用可能性を検証しています。費用対効果の高いLAM構築ノウハウは、他分野への展開も期待できます。
① 医療分野
医療分野では、患者の治療歴が時系列データとして電子カルテに記録されています。病態の変化や薬剤処方の順序には臨床的に重要な意味が含まれており、これらのパターンの解析は治療支援に有用です。そこで、LAMを活用した糖尿病治療支援への応用に取り組んでいます(図6)※3。

② エネルギー分野
気象現象に関する衛星観測値や地上観測値も時系列データとして記録されています。太陽光発電事業者はこれらの時系列データを用いて将来の日射量を予測し、発電計画を立案し、小売電気事業者と電力を取引しています。地理的に隣接する太陽光発電設備の発電量の変動には、雲の動きや位置による日射量への影響が反映されており、これらのパターンの解析は日射量の予測精度向上に有用です。そこで、LAMを活用した日射量予測の応用にも取り組んでいます(図7)。

7.今後の展開
NTTは、実社会の課題をデータドリブンで解決するため、LAMの技術改善を継続します。2028年までに、LAMへの入出力の柔軟性を高めて、事業で扱う非言語データの大部分に対応します。
ドコモは1to1マーケティングの高度化を通じて、より一人ひとりのニーズに合ったきめ細かなサービスのご提案をめざします。
8.関連情報
- 大規模行動モデル(LAM)の紹介動画
https://youtu.be/LOsWnJb-STg?si=s1RY1qV3MGXs-y8v
https://youtu.be/71nAVN0pvPg?si=A2R8RKOYQbGPuOxL
注釈
- ※1 パーソナルデータの利用にあたっては、プライバシーポリシーに基づき適切に取り扱っております。
- ※2 Transformerは入力シーケンスを出力シーケンスに変換するニューラルネットワークアーキテクチャの一種。
- ※3 Kurasawa H, et al. Enhancing Antidiabetic Drug Selection Using Transformers: Machine-Learning Model Development. JMIR Med Inform. 2025 Jun 2;13:e67748. doi: 10.2196/67748. PMID: 40456113; PMCID: PMC12148250.
- 本研究成果の一部は「NTT R&D FORUM 2025 IOWN∴Quantum Leap」公式サイト https://www.rd.ntt/forum/2025/ で出展を行いました
解説
データ分析基盤の整備について
LAMの入力には、IDごとに時系列で情報が並ぶデータが必要です。LAMの「多様なデータを扱える」という特長を最大限に活かすには、さまざまな顧客接点のデータを集約する前処理が重要です。
ドコモではオンライン・オフラインにまたがる各種サービスを提供しているため、それらを横断的に統合し、お客さま理解を深め、サービス改善につなげるための分析をすることが求められていました。そのため、LAMの導入以前から、社内の多様なシステムでフォーマットが異なるデータを「統一ルールで、かつ計算量を抑えて処理する」基盤の構築が課題となっていました。
そこでドコモは、CX分析基盤を開発しました。この基盤では「誰が」「いつ」「どこで」「何を」「どうした」の4W1H形式でデータを整理し、異なる接点データを統合的に取り扱えます。たとえば、決済履歴とコールセンターの問い合わせ履歴のような異種データも、同じタイムライン上に表現できます。この分析基盤は、サービス改善のための分析に活用できるだけでなく、今回の報道発表で紹介したLAMのようなAIモデルに適したデータ整備にもつながっています。このようなデータ分析基盤があったため、ドコモ独自のLAMをスムーズに立ち上げることができました。
マーケティングへの応用例について
次に、マーケティングへの応用例として、本文中の図4を解説します。 この図は、過去の行動履歴に基づき、電話(架電)やDMといった施策を実施した場合に、各お客さまの将来の行動がどのように変化するかをシミュレーションできることを示しています。
例えば、図の上段のお客さまについては、施策を行わない場合における料金プラン変更の確率が19%、スマホ購入が1%、動画オプション加入が4%です。架電を行うと、料金プラン変更の確率は41ポイント上昇し60%になると推測されます。一方、DMを送信した場合は1ポイントの上昇にとどまるため、このお客さまに料金プラン変更をご案内するなら、架電が最適なコミュニケーション手段だと判断できます。

また、このようなシミュレーションは、限られたリソースをどう配分すべきかの検討にも役立ちます。例えば、図の下段のお客さまでは、架電は料金プラン変更には大きな影響を与えないものの、動画オプションの契約確率を高めると推定されています。こうした結果を踏まえることで、架電リソースが限られている状況でも、料金プランの変更と動画オプションの契約のどちらを優先するかなどを考慮し、どのお客さまから優先して販促すべきかを判断できます。

このように、LAMはお客さま単位・サービス単位で販促効果を予測します。したがって、個々のお客さまに対する提案の優先順位づけにも、全体を俯瞰した特定サービスの優先順位づけにも活用できます。 さらに、この技術の強みを最大限に引き出すには、シミュレーション対象の施策バリエーションを拡充し、受注率の予測対象アイテムを増やすなど、データ基盤の整備を進めることが重要です。
おわりに
本記事では報道発表内容のご紹介と、その解説を行いました。今後もよりパワーアップした技術を発表できるように頑張ります。 最後までお読みいただきありがとうございました。