はじめに
こんにちは!6Gテック部の外園と、ドコモからSpace Compassに出向中の室城です。
我々は非地上ネットワーク(NTN)および高高度プラットフォーム(HAPS)の研究開発に携わる業界エンジニアとして、2025年10月27日〜31日に福岡で開催されたInternational Symposium on Antennas and Propagation(ISAP2025)に参加し、合計2件の発表を行いました。
この記事では、「ISAPで見えたNTN/HAPSの最新トレンド」と「世界の関心事」を整理し、さらに我々の研究発表の位置づけや、参加者との議論から見えたHAPSの"今"と"将来"をお伝えします。
目次
国際会議ISAPで見えたNTNやHAPS研究の潮流
ISAP2025はアンテナと電波伝搬分野における世界トップクラスの国際会議で、1971年仙台での初開催から今回で30回目。Beyond 5G、次世代無線技術、電磁波理論など幅広いテーマで産学官の専門家が議論を深めました。日本開催(福岡)ということもあり、アジアを中心に産学の実装志向が強く感じられました。


今年のISAPでは、NTNやHAPS関連の発表が急増しており、従来の地上通信から「空・宇宙」への広がりが強く感じられました。会期中にはHAPS関連技術に特化したワークショップや専門セッションが設けられ、アンテナ・電波伝搬分野においてもNTNやHAPSが注目されていることが示されました。
ここ数年のNTNの変化を短く振り返り、HAPSの現在地を整理します。
NTNのブレイクスルー:非静止衛星(LEO)の商用化により「空からのアクセス」が現実解としてお客様にも浸透。
HAPSの立ち位置:高度約20kmの成層圏から通信を行い、GEOやLEOより地上に近く高スループット・低遅延を実現。地域密着型サービスや臨時展開が可能で、衛星では難しいユースケースを補完し、柔軟な“面カバレッジ”を担う空中プラットフォーム。
HAPS研究の歴史:1990年代から試行が続き、Beyond 5G/NTN文脈で2020年代に再加速。スマートフォン端末との高速な直接通信が可能なプラットフォームとして早期実用化が期待されている。
HAPSのブレイクスルー:HAPS機体の進化、半導体の小型化、ペイロードのサイズ・重量・電力効率の増加、サイトダイバーシチ技術や電力制御技術の高度化、柔軟なビーム設計等により、HAPSの実用化が一気に現実的に。
また、HAPS研究開発の刷新が進んでおり、その潮流は以下の通りでした。
HAPSならではの伝搬への対応:実機(航空機)による計測や、複雑な地形・気象・大気構造を織り込んだモデル化が進展。HAPSでは衛星通信よりも電波が通過する距離が短く、屋内や屋外でも木々に覆われた場所など様々な伝搬環境においても端末との直接通信が可能となる。
システムの高度化:スループットや可用性を引き上げるフレーム設計、ビーム管理、電力制御のシミュレーションが増加し、「動く設計」へ重心が移動。
特殊性の織り込み:高度約20km、プラットフォーム移動性、半径数十km級の広域カバレッジという前提で、周波数利用・干渉管理・運用協調を再設計。
一方、ISAP 2025のプログラムを俯瞰すると、私たちが追うNTNやHAPSと並び、6G実現に不可欠な地上技術にも世界の注目が集まっていることがわかります。特に多くのセッションが組まれていた3つの大きな潮流をご紹介します。
- 未踏の周波数帯へ:テラヘルツ(THz)通信
6Gでは、5Gのミリ波をさらに超えるテラヘルツ(THz)波の利用が注目されています。ミリ波を凌駕する広大な帯域幅により100Gbps超の超高速通信を可能にしますが、雨などによる電波の減衰が大きいという課題も抱えています。この課題を克服するための新しいアンテナ技術や伝搬メカニズムの解明に、世界の研究者が注力していることが伺えました。 - 電波環境を賢く制御する:RIS(再構成可能な知的反射面)
もう一つの潮流は、電波環境を賢く制御するRIS(Reconfigurable Intelligent Surface)です。これは壁などに貼り付けた特殊なシートで電波の反射方向を自在に操り、ビルの陰などの不感地帯へ電波を届ける技術です。高価な基地局を増設せずとも低コストでエリアを改善できるゲームチェンジャーとして期待されています。 - AI/機械学習との全面的な融合
最後に、AI/機械学習がアンテナ・伝搬研究と全面的に融合し始めている点です。例えば、人では不可能な高性能アンテナをAIが自動設計したり、電波の伝わり方をリアルタイムで予測して最適な通信経路を確保したりといった研究が進んでいます。6Gの厳しい要求仕様を満たすには、AIによる通信環境の自律的な最適化が不可欠です。
ドコモ/Space Compassが学会の中で投げ込んだHAPSのテーマ
ISAP2025でドコモ/Space Compassが発表した2件のHAPS関連研究は、世の中の潮流に直結する内容でした。
- Evaluating Inter-HAPS System Interference with TDD Frequency and Regenerative Payload(主著:外園)
- 狙い:TDDの周波数帯であるBand 34/n34と再生中継型ペイロードを用いた高モビリティHAPSを想定し、隣接HAPSがフル帯域で共存できる設計指針を探索。
- 示したこと:ソーラープレーン型HAPSが複数並走する状況で同一チャネル干渉をシミュレーション。従来の地上TDDで有効だった時間同期の手法が、この文脈では必ずしも通用しない可能性を示唆。
- 世の中の潮流との関連性:広域カバレッジと限られたペイロード搭載能力を持つHAPSの特殊性、そして逼迫する周波数資源の有効活用。


- Improvement of HAPS System Availability Using Open-Loop UPC Based on Local Meteorological Observation Data(主著:室城)
- 狙い:雨・雲などの減衰で不安定化するHAPSフィーダリンクの通信性能を、追加の電力・ペイロード負荷なしに安定化するため、気象観測データに基づくオープンループ送信電力制御(UPC)を評価。
- 示したこと:降雨多発地域の実測データを用いたシミュレーションで、通信の安定性とスループット可用性の改善傾向を確認。
- 世の中の潮流との関連性:HAPS固有の伝搬課題に対する実装しやすいソリューション。機体への搭載要件の厳しいHAPSの運用面の手当てとして有望。


参加者との議論から見えたHAPSの"今"と"将来"
会期中、過去にドコモも参加した研究開発プロジェクトの進捗を直接伺い、旧知の研究者とも再会。展示ではアンテナ関連の新製品を前に、共同研究や実証試験の具体案を複数の企業と議論しました。HAPSは限られた帯域・サイズ・重量・電力という制約のもと、どれだけ高い顧客価値を設計できるかが焦点になっています。議論を通じて見えたポイントを整理します。
HAPSの"今"
様々な電波伝搬試験や5G伝送試験の成功事例が増加。成層圏のHAPSとスマートフォン端末間の直接通信が十分可能であることが示されている。
HAPSのコスト構造と運用モデルが大きな課題の一つである。HAPSのユースケースとして、災害対策の他にも、陸海空あらゆる場所への高速通信の提供、一時的な産業・イベントへの回線提供等を掲げ、HAPS事業者ならびに一部の通信事業者がビジネスモデルの検討を進めている。
標準化は3GPP Release 17からRelease 19の現在までHAPSもNTNの一部として検討されており、Release 20以降は地上ネットワーク(TN)とNTNの連携が重要テーマとなっている。
"将来"の見立て
HAPS機体とアンテナ技術の進化が鍵
現地点ではHAPS搭載制約の下でアンテナの自由度に限りがあり、高精度なビーム制御や干渉回避技術の実装が難しい場合が想定される。HAPSカバレッジを将来柔軟に展開するためには、アンテナの軽量化が必須であるとともに、HAPSに搭載可能なペイロードのサイズ・重量・電力効率の更なる向上も必要である。標準化を基にした各国での周波数調整が加速
これまでの世界無線通信会議(WRC)にて国際的なHAPSの周波数調整が進み、これを基にして各国での周波数調整が進むことが想定される。特に日本では総務省の報道資料において「新世代モバイル通信システムの技術的条件」のうち「高高度プラットフォーム(HAPS)の技術的条件」についての一部答申を受けており、これを踏まえ、関係規定の整備が行われる予定である。
おわりに
ISAP2025は、HAPS/NTNが「研究から実装」へ一段と歩を進める局面で、アンテナ・伝搬が担う役割の大きさを実感させる場でした。私たちは干渉回避、フィーダリンク可用性向上、TNとNTNの運用協調といった論点を中心に知見を積み上げ、技術課題の解決に取り組みます。
学会発表を終えての感想
HAPS単独のセッションやGEO/LEOを含むNTNセッションが複数組まれ、NTN全体の注目度の高さを実感しました。私はNTNの研究開発に7年間従事しており、その専門性を発揮してHAPSの実証実験や高度化に向けた研究開発で世界をリードしている手応えを改めて得ました。今後も学会参加を通じて幅広い知見を吸収し、多角的な視点で研究開発に取り組んでいきたいと考えています。(外園)
今回、社会人として初めて国際学会に参加しました。NTNやHAPSといったテーマについて海外の専門家と議論を交わし、業界の熱気を肌で感じることで、自分もその研究者の一員であるという自覚が一層高まり、身の引き締まる思いでした。不安もありましたが、入社以来通っている英会話スクールのおかげで、議論にも自信を持って臨むことができました。今後は海外で開催される国際学会にも積極的に参加し、さらに視野を広げていきたいと考えています。(室城)
謝辞 発表した2件の論文は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))の委託研究(JPJ012368C07702)によって実施しています。