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0. 自己紹介
こんにちは。
私は Bahador Bakhshi です。 NTT DOCOMO の 3GPP SA2 標準化チームのメンバーです。
3GPP は、5G などの移動通信ネットワークを標準化する組織です。 3GPP は複数のワーキンググループで構成されており、SA2 はネットワークのアーキテクチャを定義するグループです。 各企業は、標準化に貢献するため、3GPP 会合に標準化担当者(Delegate)を派遣しています。
本記事では、AI が私のような立場の人間をどのように助けることができ、またどのような点では助けられないのかについて説明します。 もしあなたが標準化会合に参加する担当者であれば、本記事はきっと仕事の役に立つと思います。 たとえ標準化担当者でなくても、自分専用のカスタマイズされた AI チャットボットを作るというアイデアは興味深いはずです。
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- 0. 自己紹介
- 1. 標準化担当者の仕事とは?
- 2. 標準化担当者が直面する課題
- 3. 汎用LLM(例:ChatGPT)はどう役立つのか
- 4. とはいえ汎用チャットボットが未だ“完璧な解決策”ではない理由
- 5. 標準化担当者向けにChatGPTをカスタマイズする方法
- 6. 仕事をAIに奪われることが心配?
- 7. おわりに
1. 標準化担当者の仕事とは?
では、NTT DOCOMO における私の仕事から始めましょう。
すべてのネットワーク世代の裏側には、私のような標準化担当者がおり、企業の枠を超えて議論をしています。 3GPP の標準化担当者は、技術提案書を準備・提出し、新しいアイデアを検討し、他社から提出された文書をレビューします。 私たちは異なる視点からモノゴトをとらえ、理解しようと努めており、仕事の多くは、複数の企業が受け入れ可能な解決策を見つけ、落としどころの交渉をすることにあります。
効果的に活動するためには、システムアーキテクチャに関する強い知識と、移動通信ネットワークがどのように動作するかの理解が必要です。
//標準化の流れなどについては、過去のブログ記事もぜひご確認ください!
2. 標準化担当者が直面する課題
標準化担当者は、通常いくつかの課題に直面します。 仕様書同士は相互にリンクしており、多くの背景知識が必要です。 ある提案を理解するために、複数の仕様書を行き来して、問題点や解決方法を把握する必要がある場合もあります。
毎回の会合では大量の文書が提出され、それらを読んで要点を理解し、さらに比較検討をしなければなりません。 また、Study フェーズから実際の標準仕様に至るまで、アイデアがどのように進んできたのかを追跡する必要がありますが、長年にわたり変更されてきた大量の既存文書の中では、これは容易ではありません。
新しく参加する人にとっては、情報量の多さと作業スピードの速さにより、学習曲線は非常に急で厳しいものになります。
3. 汎用LLM(例:ChatGPT)はどう役立つのか
ChatGPT のような既製の LLM は、SA2 の標準化担当者を支援することができます。
これらは背景となる考え方を説明したり、5G/6G システムの各要素がどのように連携しているかの概要を示したりできます。 これにより、詳細な仕様書に入る前に、トピックの全体像を理解する助けになります。
また、長い技術文書を要約することができるため、すべての行を読むことなく要点を把握できます。
さらに、提案が原則によりよく適合するための代替案を考えるなど、ブレインストーミングにも利用できます。
4. とはいえ汎用チャットボットが未だ“完璧な解決策”ではない理由
ChatGPT のようなツールは、標準化担当者にとって完璧な解決策ではありません。
これらの回答は必ずしも完全に信頼できるものではありません。なぜなら、3GPP 標準だけでなく、インターネット上の大量のテキストで学習されているからです。
生成モデルであるため、トピックが不明確であったり、業界の暗黙知や、まだ完全に標準化されていなかったりする場合でも、回答を生成しようとします。 その結果、実際の仕様と一致しない記述が含まれることがあります。
LLM は検証システムではなく予測モデルです。 正確さと標準との整合性が求められる標準化担当者にとって、一般的なチャットボットはまだ慎重に使用する必要があります。
5. 標準化担当者向けにChatGPTをカスタマイズする方法
こうした汎用チャットボットの限界を補うために、ChatGPT には SA2 デリゲートの仕事によりフィットさせるための機能がいくつか用意されています。1つ目の方法は、標準仕様書をナレッジベースとしてアップロードし、それをもとに動作するカスタム GPT を作成するやり方です。こうすることで、モデルは 3GPP のコンセプトによりフォーカスした回答を返しやすくなります。2つ目の方法は「Projects」を使うやり方で、これは標準仕様書などの文書をまとめて管理できるフォルダのようなものです。そこに入れたファイルを対象に、直接質問することができます。モデルは、そのコンテキストに基づいて回答してくれます。ここでは 1 つ目の方法を詳しく説明します。2 つ目の方法は、実際に触って試してみるとイメージがつかみやすいと思います。
それでは、3GPP 仕様向けの独自 GPT を作ってみましょう!
ChatGPT のユーザーインターフェース左側のメニューに “GPTs” と “Explore” があります。ここをクリックすると、すでに誰かが作成したカスタム GPT を探すことができます。3GPP 向けの GPT もいくつか公開されていますが、ここでは自分専用の GPT を作ってみましょう。右上の角に “Create” ボタンがあります!

ここから、カスタム GPT を作成していきます。ChatGPT 側からいくつか質問が投げかけられ、それに答えていくことで GPT の設定が決まっていきます。
最初の質問は、この GPT の主な目的について聞かれます。下の画像が私の回答です。

次に、この GPT に付ける名前を尋ねられます。

続く質問は、この GPT の振る舞い全体を左右するので、とても重要です。この例では、標準化にとって何より大事な「正確さ」を強調するように設定しました。

そのあとに来る質問は、GPT の動作をどこまで制限するかに関わるものです。標準化の観点からは、「仕様に書かれていないことを GPT が勝手に作らないようにする」ことが何より重要だと考えています。そこで、次の画像のような回答を与えました。

最後の質問は、GPT の出力スタイルについてです。私は、できるだけ直接的で簡潔な回答を返すようにしてほしいと指定しました。

ここまででほぼ GPT は出来上がりましたが、実は一番重要なのは “Configure” タブの設定です。
“Configure” タブでは、「Name」「Description」「Instructions」が、先ほど “Create” タブで答えた内容をもとにすでに入力されています。必要であれば、ここでさらに指示を追加し、「GPT はこれから与えるナレッジベースの範囲を超えて回答してはいけない」といったルールをより厳密に書き込むこともできます。

次のステップは、この GPT のナレッジベースとして 3GPP の仕様書をアップロードすることです。この例では、SA2 の主要仕様である TS 23.501、TS 23.502、TS 23.503 の最新版をアップロードしました。
また、利用する機能を有効/無効にすることもできます。この GPT については、Web 検索や画像生成は不要だと考えたので、これらの機能はオフにしました。

これらの設定が終わったら、右上の “Create” をクリックします。すると、この GPT をどのように共有するかを選ぶ画面が表示されます。この例では、自分だけが使えるように設定し、「Update」を押しました。

「Update」が終わると、この GPT はすぐに使える状態になります。
これは、最初のカスタム GPT の例です!

ご覧のとおり、この GPT を使って、アップロードした仕様書に書かれている概念を確認・検証できるようになりました。この記事では、多くの方が SA2 デリゲートではないと思うので、SA2 仕様の詳細な技術例までは紹介しませんが、イメージは伝わったのではないでしょうか。
なお、ナレッジベースにアップロードできるファイル数には(サブスクリプションに応じて)上限があります。そのため、「3GPP の全仕様を突っ込んで“超・物知り担当者 GPT”を作る」といったことは現状では期待しないほうがよいでしょう。😉
6. 仕事をAIに奪われることが心配?
AI が仕事を奪うのではないかと心配する人もいますが、私はその必要はないと考えています。
標準化は単に文書を読む作業ではありません。 複雑な技術的トレードオフを理解し、アーキテクチャ上の判断を行い、変更がシステム全体に与える影響を把握する必要があります。
標準化担当者は、複数企業の専門家と議論し、妥協点を探り、合意形成を行います。 また、自社の戦略を守るために議論する必要もあります。
これらは人間の能力に強く依存しており、現在の AI が置き換えることはできません。
ですので、心配はいりません 😊 きっと私はこれからも 6G の標準化を続けられるでしょう。 将来、7G の標準化では AI が担当者を置き換えるかもしれませんが 😉。
7. おわりに
3GPP SA2 の標準化担当者の仕事は、複雑で要求水準の高いものです。 大量の情報を扱い、多くの仕様書を理解し、専門家と協力する必要があります。
ChatGPT のような AI ツールは、読解、要約、情報整理、アイデア準備といった面で、この仕事を支援できます。 ただし、技術的な正確さが求められる場面では、一般的な LLM だけでは不十分です。
3GPP が 6G に向かう中で、標準化業務の量はさらに増えていきます。 最終的に標準化の未来を形作るのは、専門知識と AI の力を組み合わせて活用できる人間です。
もし、皆さんもプロンプト設計などを通じて AI を仕事や生活に活用している経験があれば、ぜひコメントで共有してくださいね!
(日本語訳:たなかいつま)