NTTドコモR&Dの技術ブログです。

なぜ標準化担当がシミュレーション評価を行うのか?

― IEICE総合大会2026から読み解く「研究×標準化」の実務 ―

1. はじめに

こんにちは。NTTドコモ 6Gテック部 無線標準化担当の小野田です。私は現在、6Gに向けた技術検討や、無線方式の特性を確認するシミュレーション評価に取り組んでいます。今回、電子情報通信学会(IEICE)総合大会2026において、「6GにおけるFR3帯無線アクセスのためのサブキャリア間隔の性能評価」というテーマで講演発表を行いました。

標準化担当者の仕事というと、「仕様を読む」「寄書を書く」「会合で議論する」といったイメージがある方もいるかもしれません(参考:標準化の仕事について)。ここでいう「寄書を書く」とは、単に文章を作成するだけではなく、提案の妥当性を示すための評価や考察も欠かせません。特に無線方式の議論では、「どの方式が、どの環境で有利か」「どのような課題があるか」を、シミュレーション結果などの根拠をもって示すことが重要になります。

NTTドコモでは、標準化担当者自身がこうした評価を行い、その結果をもとに標準化議論へつなげています 根拠のある評価結果があることで、自社の主張をより説得力のある形で示しやすくなり、他社との議論にも主体的に貢献できます。

本記事では、IEICE総合大会2026で発表した内容を題材に、標準化の現場とシミュレーション評価のつながりについてご紹介します。

この記事でわかること

  • IEICE総合大会2026でどのような発表を行ったのか。
  • 6GにおけるFR3帯のサブキャリア間隔(SCS)の検討がなぜ重要なのか。
  • シミュレーション評価の結果から、どのような設計トレードオフが見えてきたのか。
  • 評価結果が3GPPでの標準化議論とどのようにつながるのか。
  • NTTドコモにおいて、若手を含む技術者が研究・評価・対外発信・標準化に一気通貫で取り組めること。

2. IEICE総合大会2026での発表

2-1. IEICE総合大会2026の概要

IEICE総合大会は、情報通信分野の研究者・技術者が幅広いテーマについて発表し、議論を交わす国内最大規模の学術イベントの一つです。2026年は3月9日から13日にかけて九州産業大学で開催され、私も講演発表のため同大会に参加しました。

写真1 IEICE総合大会2026での講演発表の様子

2-2. 今回の発表概要

今回の発表は、3月11日の一般セッション「B-5A 無線通信システムA」において、「6GにおけるFR3帯無線アクセスのためのサブキャリア間隔の性能評価」というタイトルで行いました。同発表で技術検討の対象としたのは、6G候補周波数帯として注目されている7GHz帯および15GHz帯です。ここでいうFR3とは、6Gで新たな活用が期待されているFR1(6GHz以下の周波数)やFR2(24.25GHz以上の周波数)の間の周波数帯を指します。中でも7GHz帯および15GHz帯は、世界無線通信会議(WRC)でも注目されている新たな候補周波数帯であり、3GPPでもこれらの帯域にどのSCS(サブキャリア間隔)を適用するのが適切かが議論されています。

SCS(サブキャリア間隔)は、無線信号をどれくらい細かい間隔で周波数軸上に並べるかを決める基本的なパラメータです。この値が変わると、電波反射の多い環境への耐性や高速移動時の安定性、実装のしやすさが変わってきます。つまり、SCSの選択は単なるパラメータ調整ではなく、どのような環境・ユースケースを重視するかに直結する設計判断だと言えます。

今回の評価では、次のような条件を変えながら比較を行いました。

  • 搬送波周波数:7GHz帯 / 15GHz帯
  • 帯域幅:100MHz
  • サブキャリア間隔(SCS):30kHz / 60kHz / 120kHz
  • 電波の遅れの広がり(DS):100ns / 300ns
  • 端末の移動速度:3km/h / 120km/h
  • 復調を助ける参照信号(DMRS)の量
  • 位相雑音の有無

一定の通信品質を満たすために必要な受信条件を比較しました。こうした条件設定により、「どのSCSが、どのような伝搬・移動条件で有利か」を定量的に見ることを狙いました。

図1 5Gと6GにおけるSCS議論の対象周波数帯

2-3. 発表内容のポイント

発表内容のポイントは、大きく分けて3つあります。

1. 電波の遅れの広がりが大きい環境では、小さめのSCSが有利

シミュレーション評価では、低速移動かつ位相雑音ありの条件で、電波の遅れの広がり(DS)を100nsから300nsへ変化させたところ、30kHz SCSでは必要な受信条件の劣化が小さい一方、60kHz SCSでは劣化が見られ、120kHzでは目標とする通信品質を満たせない条件がありました。これは、SCSが大きいほど信号のガード時間が短くなり、遅れて到来する電波が次の信号に重なりやすくなるためです。図2は、電波の遅れの広がりを変えたときに、SCSごとの通信品質がどう変わるかを示したものです。

図2 電波の遅れの広がり(DS)による通信品質の変化

2. 高速移動環境では、大きめのSCSが有利

電波の遅れの広がりを100ns、位相雑音ありの条件で端末速度を3km/hから120km/hに変えると、30kHz SCSでは通信品質が大きく悪化し、目標とする品質を満たせないケースが見られました。一方で、60kHz SCSや120kHz SCSでは相対的に悪化が小さく、高速移動時には有利な傾向が見られました。これは、サブキャリア間隔が狭いほど、移動による周波数ずれの影響を受けやすくなるためです。また、復調を助ける参照信号(DMRS)を増やした場合、15GHzの30kHz SCS以外すべてでブロック誤り率が改善していました。図3は、高速移動の影響と、参照信号を増やしたときの改善傾向を見たものです。

図3 端末の移動速度や参照信号の量による通信品質の変化

3. 15GHz帯では位相雑音の影響が無視しにくい

ここでいう位相雑音とは、送受信機の発振の揺らぎによって信号が乱れやすくなる影響のことです。電波の遅れの広がりを100ns、端末速度を3km/hとした条件で比較すると、7GHz帯ではSCSによらず劣化は軽微でしたが、15GHz帯ではすべてのSCSで必要な受信条件が概ね劣化しました。本評価条件ではSCSごとの差よりも、「15GHz帯では位相雑音そのものの影響が表れやすい」ことが重要な示唆として得られました。図4は、位相雑音の有無による違いを周波数帯ごとに比べたものです。

図4 位相雑音のありなしを変えた場合に起こる通信品質の変化

これらの結果をまとめると、電波反射の多い環境や低速移動シナリオでは30/60kHzが有利であり、高速移動シナリオでは60/120kHzが有利というトレードオフが見えてきます。単純に「どのSCSが一番よい」と結論づけるのではなく、想定シナリオによって適切な選択肢が変わることを定量評価で示した点に、今回の発表の技術的な意義があります。

また、復調を助ける参照信号を増やした際、多くの条件で通信品質が改善したことも確認しました。これは、時間変動の大きい環境で信号の変化を追いやすくする方向性として有効であることを示しています。一方で、参照信号を増やすとデータ送信に使える領域は減るため、単に増やせばよいわけではありません。このように、無線設計では複数の要素がトレードオフの関係にあることも、今回の発表で伝えたかったポイントの一つです。

表1 想定シナリオごとの有利なSCS

2-4. 発表から得られた学びや気づき

講演後の質疑では、特に「どの利用シナリオを重視してSCSを選ぶべきか」といった点に関心が集まりました。発表を通じて、自分たちが整理していた論点が、社外の研究者・技術者にとっても重要な関心事であることを実感しました。

今回の講演を通じてあらためて感じたのは、単にそれぞれの性能差を示すだけでなく、「どのような環境やユースケースを想定するのか」という整理の仕方そのものが重要だということです。学会での質疑や他の発表も含め、FR3帯における無線設計では、特性評価だけでなく、想定シナリオとの結び付きまで含めて説明することでより標準化での議論とのつながりを実感してもらえると再認識しました。

今回の発表は、単に結果を説明する場ではなく、社外の視点から自分たちの検討の位置づけや論点を捉え直す機会にもなりました。 質疑応答や他の発表を通じて、「どこに標準化担当者以外の目線で疑問が生じるのか」をより明確にできたことは、今後、社内の幅広い組織を巻き込んだ議論にも活かせると感じています。

3. 発表内容と標準化のつながり

今回の発表内容は、学術的な評価であると同時に、3GPPにおける6G仕様検討と密接につながるテーマでもあります。SCSの選定は、単にリンクレベルで一番特性のよい値を選べばよい、というものではありません。想定シナリオに加えて、セル設計、既存周波数帯との整合性、基地局・端末実装の共通性や容易さなども含めて議論する必要があります。実際に、7GHz帯ではこうした観点も踏まえて30kHz SCSが採用され、15GHz帯については継続議論中です。

標準化の場では、各社がシミュレーション結果や考察を持ち寄り、良い点だけでなく課題も含めて議論を進めます。そのため、評価結果を自ら持っていることは非常に重要です。結果があることで、自社の主張に根拠を持たせられるだけでなく、他社の主張に対しても技術的な観点から議論を深めやすくなります。標準化担当がシミュレーション評価を行う意義は、まさにここにあります。

研究、評価、発表、標準化が分断された活動ではなく、一つの連続した営みとしてつながっていることを、今回あらためて実感しました。

4. まとめ

今回は、IEICE総合大会2026で発表した「6GにおけるFR3帯無線アクセスのためのサブキャリア間隔の性能評価」についてご紹介しました。今回の評価から、遅延スプレッドが大きい環境では小さめのSCSが有利であり、高速移動環境では大きめのSCSが有利になるという、FR3帯における重要な設計トレードオフが見えてきました。さらに、15GHz帯では位相雑音の影響も無視できず、周波数帯に応じた追加検討の必要性も示唆されました。

6Gのような次世代無線システムでは、無線品質だけでなく、実装や運用、そして標準化までを見据えた設計がこれまで以上に重要になります。NTTドコモでは、こうした検討を机上の議論だけで終わらせず、評価によって根拠をつくり、学会で発信し、さらに標準化議論へとつなげています。将来の仕様や社会実装に貢献していくことは、この仕事の大きな魅力だと感じています。今後も、7GHz帯・15GHz帯を含む6G向け周波数帯の評価を継続し、より実用的な無線設計や標準化議論に貢献していきたいと考えています。