はじめに
こんにちは.6Gテック部・無線アクセス技術担当の毛利檀です. 6月下旬に開催された国際会議「IEEE VTC-2025 Spring」にて6G無線技術に関する研究発表を行いました[1]ので,本記事ではこちらについてご紹介します.
国際会議「IEEE VTC-2025 Spring」について
VTC (Vehicular Technology Conference) はIEEE VTS (Vehicular Technology Society) における主要な国際会議で,無線,モバイル,車両技術に関する議論・意見交換を行うために毎年2回(春・秋)に開催されています. 今回のVTC-2025 Springではノルウェー・オスロ市内の「Oslo Congress Center」にて6月17日(火)から20日(金)までの計4日間開催されました.投稿論文数722件,採録論文420件[1]であり,発表内容も量子通信,光無線通信,そして我々ドコモとしての発表分野でもある6Gを含めた注目度の高いトピックについての研究成果が多く寄せられており,非常に盛況な国際会議となっています.


発表の概要
私はVTC-2025 Springの中で開催されたワークショップ「W4:6GRAT (6G Radio Access Technology)」で質疑時間を含めた18分の発表を行いました[2].なお,本ワークショップはIEICE無線通信システム(RCS)研究会が提案企画しています.

こちらの発表の概要について以下ご説明します.
研究背景
ドコモは6Gで期待されるさまざまなユースケースや目標性能,要素技術など6Gの技術コンセプトをまとめた「6Gホワイトペーパー」を発表しており[3],100Gbps(Giga-bit per second)超の高速通信や,5G(第5世代移動通信システム)の100倍の大容量化の実現を掲げています.
大容量化へのアプローチの一つとして,「複数の送受信アンテナ・複数の無線経路」を用いて信号多重通信を行うMIMO(Multiple Input and Multiple Output.1996年,[4])があり,実際に4G/LTE以降の移動通信システムに導入され,その後も今日に至るまで多数の研究がなされています.

そこで,5G Evolution/6G以降におけるMIMO多重の利用を拡大する技術コンセプトとして「6Gホワイトペーパー」ではNew Radio Network Topology(NRNT)を掲げています[3].NRNTでは,アンテナ・中継デバイスなど,基地局だけではなく数多くの周囲デバイスを複合的に制御して複数の無線経路を形成することで,超高速大容量や通信信頼性向上をめざしています.

本発表では,NRNTの実装技術として,5Gや6Gで用いられる高周波数帯(ミリ波,センチメートル波等)においてMIMOを効率的に展開する構成「RIS-empowered MIMO」を提案しました.RIS(Reconfigurable Intelligent Surface)とは電波反射方向を制御できる反射板であり,近年盛んに研究されています.MIMOを行うためには散乱体(建物など)によって送受信間に複数の無線経路が形成されている必要がありますが,「RIS-empowered MIMO」では,以下図5のようにRISを用いて人工的に複数の無線経路を作ることをめざしています.

課題
「RIS-empowered MIMO」を実現するためには,従来とは異なるビームフォーミング制御を考える必要があります.
ミリ波(5Gで導入された28GHz帯など)をはじめとした高周波数帯では電波伝搬損失が非常に大きいため,5Gでは多素子アンテナを用いて電波の指向方向を特定の方向に絞る「ビームフォーミング」が仕様化されています.

しかしながら,5Gでは「複数ある基地局アンテナのビーム候補のうち,端末での受信電力が最も大きくなるものを選択する」という制御を行うため, せっかくRISがあってもすべてのアンテナが同じ方向を向いてしまい,MIMOに必要な複数の無線経路を作ることができないのです.

提案したビームフォーミング技術
そこで,VTC-2025 Springでは上記の課題を解決するビームフォーミングアルゴリズムを新たに提案しました.
本記事では「基地局アンテナと端末アンテナが2つ,RISが1つ」の場合を例に挙げてご説明します.※発表ではアンテナとRISの数を任意の正整数に拡張した場合にも適用可能なアルゴリズムも提案しています.
- 基地局アンテナ#1と端末アンテナ#1は互いに向き合う方向にビームを向ける
- 基地局アンテナ#2はRIS#1が存在する方向にビームを向ける.
- RIS#1と端末アンテナ#2は互いに向き合う方向にビームを向ける.
上の3つを行えば,「基地局アンテナ#1→端末アンテナ#1」「基地局アンテナ#2→RIS#1→端末アンテナ#2」という2つの無線経路を形成されるので,MIMO多重を実現することができます. より詳細には以下のとおりです.
(5Gと同様のビームフォーミングとは)
5Gでは端末が近くの基地局を探して自律的にアクセスできるように基地局からSSB(SS/PBCH Block)という信号を繰り返し送信しますが,基地局がビームフォーミングを行う場合にはSSBをそれぞれ異なるビームで送信しています.このとき,端末は(端末側の動作に依存しますが)受信したSSBの中で受信電力が最大となるときの基地局アンテナのビーム番号を基地局側にフィードバックすることで基地局のビームを決定します.さらに端末アンテナがビームフォーミング可能な場合,同時に端末も自身のアンテナのビームがSSBの受信電力が最大となるように選択します.
これは基地局がRIS#1の位置情報を保持していれば容易に可能です.
【手順3】基地局アンテナ#1,#2を協調させることで,RIS#1方向に電波を放射しつつ,かつ端末アンテナ#1の方向に電波を放射しないビームを形成する.
具体的には以下の手順を踏みます.
(step1)基地局アンテナ#1,#2および端末アンテナ#1の間でチャネル行列 を推定する.
(step2)基地局側で特異値分解 を行う.
(step3) の2列目の列ベクトル
を基地局アンテナ#1,#2の送信信号ベクトルとする.このとき,
が成り立っており,端末アンテナ#1での受信電力が0となる.

特徴的なのは手順3です.端末アンテナ#2にRIS#1の方向のビームを探索させたいので基地局アンテナ#2のビームをRIS#1が存在する方向に向けて参照信号を送っているのですが,このとき,実は直接波(RIS#1を経由せず基地局端末に届く電波)がありRIS#1の方向のビームを探索する際のノイズとしてはたらいてしまうため,端末アンテナ#2はRIS#1の方向にうまくビームを向けることができません.
そこで,「すでに基地局側にビームを向けている」端末アンテナ#1へ電波を放射しないビームを形成することで直接波をキャンセルしており,端末アンテナ#2が確実にRIS#1方向のビームを探索できるようにしています.
計算機シミュレーション結果
提案したアルゴリズムが通信容量にどのような影響を与えるのか,シミュレーションで確認しました.シミュレーションでは,以下図9のように互いに100m離れた空間に基地局と端末を設置し,さらに間にRISを2個設置した環境を仮定し,周波数は28GHz帯を用いて計算しています.

SNR(信号対雑音比)対スループット(通信容量)のグラフを以下図10に示します.実線(提案アルゴリズムを適用)は破線(従来アルゴリズムを適用)よりスループットが上がっているのが確認できます.前述のように従来アルゴリズムではどのアンテナも同じ方向のビームを選択してしまい単一の無線経路しか形成できませんが,提案アルゴリズムではRISを用いて複数の無線経路を形成できるため,スループットが向上する結果になっています.

発表を終えて
発表の質疑ではSNR-スループット対応の詳細に関する議論を行いました.提案アルゴリズムの有効性については会場の皆様に広く受け入れていただいたと感じています.また,他研究団体による発表でもRISを用いた空間多重といった本発表に近い発想に基づくものが多くあり,最先端の内容について非常に深い議論ができたと考えています.
NRNTはじめ6G実現にはまだまださまざまな課題があります.今後とも,視野を柔軟に広げながら,それらの課題を解決する方法を提供していきたいと考えています.
引用文献
[1] VTC 2025-Spring, Final Program:http://events.vtsociety.org/vtc2025-spring/wp-content/uploads/sites/45/2025/06/vtc2025spring_FPweb.pdf
[2] D. Mohri, S. Suyama, Y. Chang, and H. Jiang, “Hybrid Beamforming Algorithm with Null Steering for RIS-empowered 6G System,” IEEE VTC2025-Spring, June 2025.
[3] NTTドコモ,ドコモ6Gホワイトペーパー 5.0版,2022年111月.
https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/whitepaper_6g/DOCOMO_6G_White_PaperJP_20200122.pdf
[4] G. J. Foschini, “Layered Space-Time Architecture for Wireless Communication in a Fading Environment when using Multi-Element Antennas,” Bell Labs Tech. J., pp. 41-59, Autumn 1996.