こんにちは。NTTドコモの石川です。 先日の佐藤さんの投稿 と 山内さんの投稿 にあるようにドコモから5名TTC表彰を受賞しました。私は光栄にも2025年度 情報通信技術賞 TTC会長表彰を受賞しました。これまでご指導・ご支援くださったみなさまに、心から感謝申し上げます。
この表彰は、私一人の力ではなく、社内外の多くの方々と連携しながら取り組んできた標準化活動の成果だと感じています。これまでの活動をご評価いただけたことを、大変嬉しく、そしてありがたく思います。
この機会に、標準化活動に関しての思い出に残ったエピソードを紹介させてください。

表彰内容:移動通信ネットワークアーキテクチャ・プロトコルの標準化にかかわる功績
今回表彰をいただいたのは、「移動通信ネットワークアーキテクチャ・プロトコルの標準化にかかわる功績」に対してです。詳細はTTCの公式サイトにも掲載されていますが、3Gから5GにかけてのモバイルネットワークやIMS(IP Multimedia Subsystem)に関する標準化への継続的な取組み、そして3GPP CT4副議長としての活動、現在の3GPP TSG-CT副議長としての任務などが評価されたものです。
「移動通信ネットワークアーキ> テクチャ・プロトコルの標準化にかかわる功績」
株式会社NTTドコモ 石川 寛 様
移動通信システムのコアネットワークの国際標準化活動において長年にわたり中心的役割を担い、多大な貢献を果たした。3GPP TSG-CT及びCT4の副議長として、5Gコアネットワークの仕様策定を主導し、多岐にわたる革新的仕様を策定・実現した。また、IMS関連の付加サービスや緊急通話の仕様策定、回線交換とパケットの分離規制などを通じて、柔軟で効率的なネットワーク運用基盤の構築など信頼性・利便性を高め、移動通信システム(3G~5G)の普及に貢献した。
標準化活動を振り返って
今回、これまでの活動について思い出に残るエピソードをいくつか振り返ってみたいと思います。
活動の原点
初めて標準化会合に参加したのは、まだ標準化という業務の存在を知って半年もたたない頃。まず、他社提案に反対するという難しい任務を任されたのですが、正直その他社提案は合理的で、反論も難しく…結果はあっさり任務失敗。当時の社内関係者にはご迷惑をおかけしましたが、今では懐かしく、微笑ましい思い出です。
ちなみに、内容は位置登録が拒絶される時に通知されるパラメータ値に関してで、5G時代になってもすべてのネットワーク機器と端末で実装されていることを考えると、今なら当時の私に最初から「反対はやめたほうがいいんじゃない?」と声をかけたいです。
提案活動のリアル
標準化会合では、自社の提案が通ることもあれば、通らないこともあります。技術的な正しさだけではなく、関係者との調整やタイミング、過去の議論の流れなど、さまざまな要素が影響します。まさに“人間力”も問われる場面です。
議論を動かしたのは“雑談力”
ある会合では議論が予想以上に紛糾し、合意形成が難航する状況に。そんなとき、社内関係者との何気ない雑談から得ていた情報が、議論の切り返しの突破口になりました。技術の世界においても、“人とのつながり”が力を発揮する瞬間があることを、改めて実感した出来事です。
ドコモは標準化活動において以前からネットワークの輻輳対策に力を入れています。そのために標準仕様となるべく提案を行っており、私は当時その1つとなる通信種別毎に異なる管理をする仕組みを提案しました。欧米など異なるマーケットを想定している会社からはドコモの提案は複雑で、それに引き換え得られる効果についてなかなか理解を示していただけませんでした。プロトコルや手順の細かい提案を行う段階だったものの、なぜ必要で効果があるか納得いただき仕様化できました。
合意を先送りすることも作戦のうち
過去には、事前に決めた進行案にこだわるあまり、途中で社内と確認すべきタイミングを逃してしまったことも。結果的に、無理に合意をめざして行った判断に後から社内関係者から叱責を受けたことも。今なら、何が最も効果的なのかを考え「次回に先送りする」といった柔軟な選択肢も念頭に置き、より冷静に判断するといった選択肢があることを学びました。
副議長としての歩みと5G仕様策定への貢献
以前、副議長に当選した際に、標準化活動のエッセンスを簡単に紹介する記事を書いたことがあります。その背景には、これまで積み重ねてきた多くの経験があります。
私は2021年4月から2025年4月までの4年間、3GPP CT4副議長を務め、現在はTSG-CT副議長として活動しています。3GPP-CT (Core Network and Terminals) は主にコアネットワークのStage 3(プロトコル仕様)を中心に、他にも準正常手順 (エラー時の処理やリカバリーに関する規定) の策定する役割を担っています。その中で任期中に検討された Release 17からの5G仕様策定において、議論の牽引と合意形成を議長陣の一員として主導しています。
標準化会合では、限られた時間を最大限に活用するため、複数のセッションを同時並行で進める『パラレルセッション』が行われます。 副議長の仕事の1つは、そのパラレルセッションのチェアリングです。 意外と大変なのがタイムキーピングです。ここでちょっと失敗や苦労のエピソードをいくつか。
【議事進行スケジュールの見誤り!】 初めてチェアリングをした時でした。議事進行はAgendaに従って進めますが、時間割を見誤り1セッション分の審議を丸々扱い忘れました。(冷や汗が止まりませんでした・・・)。"Everyone is rookie in the beginning(誰でも最初は初心者)" と参加者に言っていただけたのが救いでした。幸い、翌日の余った時間で全ての提案寄書を審議できて事なきを得ました。
【リモートならではのトラブル!】 会議環境の準備で困ったこともありました。たとえば、リモートとのハイブリッド会議なのにリモートがつながらず、時間だけが刻々と過ぎることも。かなり焦りましたが、偶然在席していた前職の議長が「仕方ないからリモート無しでもいいから進めないとね」とのアドバイスがあったのは助かりました。他にもスクリーンへの画面投影ができず、寄書や議長メモの投影ができないトラブルも経験しました。(後でわかったのはHDMIのHDCP設定に特殊な条件が必要でした)
【時計とにらめっこ!】 頻繁にあるのは意見の対立。新しい検討(Workitem)の立ち上げやその中身の是非、実現方式の複数案で対立する場合など、多種多様です。いきなり議論を打ち切るわけにもいきませんし、と言って妥協点が見つからないまま永遠に互いの発言を繰り返すわけにもいきません。そしてもう1つの相手、時計。あと何分で方向性が見えなかったら・・、次の発言者の傾向からあと何分でPostponeすべきか・・、など。議論の中身も当然疎かにできないので、目線は複数の発言者と時計を行ったり来たりです。時計を気にするのはDelegate(参加者)としてはあまり気にしたことがなかったですが、チェアリングではかなり重要なポイントだと実感させられました。
その後もチェアリングではいろいろな経験をしましたが、私は3GPPにおける5Gコアネットワークの仕様策定に、技術面・運営面の両面から寄与できたと考えています。
今後に向けて ― 技術の変遷と今後の挑戦
私が携わってきたコアネットワーク仕様策定では、技術が変わっても、装置間インタフェースを定義し、情報のやり取りを設計するという本質は変わりません。一方、近年は汎用技術の採用やセキュリティ強化の重要性が高まり、APIベースの仕様やクラウドネイティブな設計など、新たな技術が標準に組み込まれるようになっています。 6Gでは加えてAIの活用も進むとされており、今後は新旧の技術思想を柔軟に融合しながら、標準化に取り組むことが技術者の腕の見せどころになるかと感じます。
最後に
標準化活動は、単なる技術の議論にとどまらず、交渉力や調整力も問われる奥深い世界です。時に悩み、時に楽しみながら、技術の未来を形作るこの活動の魅力を感じながらこれまで活動できたことは、とても恵まれた環境だと思います。 現在は3GPP TSG-CT副議長として、6Gの仕様策定にも取り組み始めているところです。今回の表彰を励みに、2030年の仕様完成をめざし仲間とともに、未来を形作る標準化活動に取り組んでいきたいと思います。