NTTドコモ R&D Advent Calendar 2024 の5日目の記事です。
自己紹介
ドコモユーロ研で所長をやっています、田中威津馬(たなか・いつま)と申します。ユーロ研はドイツミュンヘンにあり、通信規格の国際標準化の拠点として、現在は6Gとネットワーク仮想化基盤の研究開発と国際標準化を中心にとりくんでいます。世界各国の事業者・ベンダが採用し世界80億人のひとたちの暮らしを支える技術を創り、世界に貢献をしたい・・そんな思いで日々仕事に邁進しています。(ユーロ研のとりくみはこちらのNTT技術ジャーナルの記事も見てみてください!)
今日のテーマと、この記事を誰に読んでほしいか?
この記事では、スマホがつながる仕組みの基本的な設計思想について解説します。過去の文献はドコモテクニカルジャーナルで多くが公開されており、どなたでも閲覧可能です。ですが意外と、「スマホがつながるための通信システムの「アーキテクチャの基本的な考え方」を解説した記事は多くありません。(ないしは、存在していても、すごくむずかしい)。本記事は、ネットワークの仕事に携わりはじめた方や、モバイル技術初学者に読んでいただくことを想定しています。これを読み終わると「ワイらのスマホ、あそこの基地局のアンテナに無線でつながってんねん。知らんけど。」よりちょっとだけ上の説明ができるようになってるかもしれません。*1
実は無線だけではつながらない・・・「モビリティ管理」の話
スマホがつながるドコモの通信インフラを語るとき、まず多くの方々が思い浮かぶのは、無線ではないでしょうか。町中にある基地局や、画面に表示されるアンテナのアイコンはおなじみです。
ですが、みなさんがどこにいても、どの国にいても、一瞬で誰とでもつながって通信ができる理由、そのキモは「モビリティ管理」技術にあるのです!
まず「固定電話」のつながる仕組みから理解しよう
スマホがつながる仕組みも、元をたどっていくと、電話のつながる仕組みの進化の上に存在しています。そのため、スマホのつながる仕組みも、まずは固定電話のアーキテクチャ*2から理解するとわかりやすいです。昔の固定電話のネットワーク(PSTN: Public Switched Telephone Network)では、電話番号を収容する電話局というものが階層型になっているアーキテクチャになっています。下図に示すとおり、固定の電話番号は、市外局番・市内局番・加入者番号という3つのバートに分かれています(例:0AB-CDE-FGHJ)。たとえば東京の固定電話であれば03からはじまりますよね。固定電話の世界では、電話番号さえあれば、その電話の場所がわかり、通話をつなげることができるのです。
スマホは「動きまわる」。
しかし、固定電話と違い、スマホは動き回ります。スマホが、いつどこにいるかはあなた次第。そう、固定電話のアーキテクチャと違い、電話番号と電話機の位置が一致しない状況が発生するのです。
Aさんが、離れた場所にいるBさんに電話やメッセージ送るとき、どうすればBさんの居場所がわかるのでしょうか?この問いを考えるにあたっては、「地元の友人に連絡をとろうと思ったけど、SNSでも見つからず、友達に聞いても今どこにいるかわからない」ケースを考えてみましょう。さあ、どうしましょう?
(1分くらい考えてみてください!)
そうですね、頼るべきはその友人の実家の、友人のオカンです!実家の友人のオカンなら、さすがにかなりの高確率でその友人の居場所を知っていることでしょう*3。その友人がオカンに居場所を教えつづけていれば、いつどこにいるのかの把握が可能になります*4。
スマホや携帯電話のつながる仕組みでは、この考え方を応用します。そう、みなさんのスマホは、「自分の位置はここだよ!」というのを、移動するたびにネットワークに教えているのです。(位置、といえばGPSを思い浮かべる方もいらっしゃるかと思いますが、実はGPSではない別の方法を使っているのです!)
技術的には、この手続きを「位置登録」と呼びます。この世のすべてのケータイ電話は、「位置登録」とよばれる動作が、みなさんの目にみえないところで行われています。この「オカン」相当の装置は一般的に加入者情報データベースと呼ばれます。専門的には、古くはHome Location Register(HLR)、3G/4GではHome Subscription Server(HSS)、5GではUnified Data Management(UDM)と呼ばれている装置たちです。無線通信ネットワークが2Gから5Gへと進化しても、「どこにいてもつながるため」に「デバイスがいまどこにいるのかがわかっている状態を作る」・・モビリティ管理仕組みの基本的な考え方は大きくは変わっていません。
位置登録のタイミング
せっかくなので、位置登録をどのタイミングで行うのか?についても考えてみましょう。位置登録をこまめに実施しすぎるとどうなるでしょうか?たくさんのデバイスがものすごくこまかく位置登録を行うと、無線の利用効率も悪くなりますし、スマホの電池持ちも悪くなります。また、たくさんのデバイスからの位置登録をさばなかなくてはいけない「オカン」もパンクしてしまいます。ですので、ある程度広いエリアでまとめる必要があります。
× 「俺な、いま、▲▲市の■■町の八百屋のとなりの交差点におんねん」 ⇒ 「小学校のところに動いたで」
〇 「俺な、いま、▲▲市のA区におんねん」 ⇒ 「B区にうごいたで」
といった違いです。
こんなふうに、通信量を減らしスマホの電池持ち向上と「だいたいどこにいるかわかる」のバランスを見つけていく必要があります。無線を混ませることなく、スマホのバッテリーの持ちも最適になるよう、ドコモのネットワークエンジニアたちが日々設計し、調整しているのです。技術的には、この位置登録をするエリアのことを「位置登録エリア」(2G/3G: Location Area、4G/5G: Tracking Area)と呼びます。すべての基地局は、特定の「位置登録エリア」に属しており、その情報を、無線でずっとスマホに通知しています(報知情報といいます)。位置登録エリアが変わったことをスマホが検出すると、「どの位置登録エリアにいるのか」をネットワークに通知する位置登録手順を実施し、今どこにいるかの情報をコンスタントに更新しています。
世界中のネットワークがつながりあっていて、どこの国にいても、どんな事業者とつながっていても、下図のように位置登録がなされることで、世界中いつでもどこでもつながるシステムが実現されているのです。
インターネットは?
みなさんのスマホで使われているインターネットや通話などのデータは「パケット」(小包)とよばれる単位に分割されて送受信されます。宛先は、電話番号ではなく、IPアドレスというインターネット上の住所がつかわれます。
スマホのインターネット通信も基本的には上で解説した、伝統的な音声アーキテクチャの考え方を踏襲しています。データの送り先のIPアドレスがどこにいるかわからないときに、どうやってパケットを送ればいいのか?宛先のIPアドレスをオカンに設定します。まずインターネットのデータはオカンにとどき、オカンが今スマホがいるところまでデータを転送します。コンセプトを図で示すとこんなかんじです。(モバイルインターネットのつながる仕組み、「モビリティ管理」に加えて「セッション管理」と呼ばれる技術が該当し、本当はもっとたくさんの話がありますが、今回は超初心者向け記事ですのでオカンにまとめる形で、割愛します。)
6G時代はどうなる?
以上、みなさんが日々つかっているスマホの通信のつながる仕組みを超ざっくりと解説してみました。みなさんが普段つかっているスマートフォン、ドコモ誕生から数えても、もう40年以上みなさんの暮らしを支えている携帯電話サービスの裏側の話、いかがでしたでしょうか。固定電話のアーキテクチャをベースに発展した「位置登録管理」、そしてその方式をさらにモバイルのインターネット通信にも応用・・・みなさんが日常で目にする基地局の裏側に、「つなぐ」を世界規模で支えるインフラが存在しているのです。
この考え方は、6G時代も大きくは変わりません。しかし、モバイル通信の使われ方は日々進化しています。スマホだけでなく、IoTやウェアラブル端末など様々な種類のデバイスの特性や、お客様の使い方に合わせてオカンへの通知を工夫して、よりつながりやすく、地球にやさしく、より安全で、そしてAIも活用して、もっと便利な世界を作ろうと、世界中で研究者たちが切削琢磨しています。
ドコモの6Gの研究開発に関するさらなる詳細は、ぜひこちらのサイトもご確認ください!
www.docomo.ne.jp
*1:Editor’s Note: なので、本記事では概念的解説を優先し、正確性や具体性はかなり端折ります。細かい技術的解説は様々な過去文献を漁ってください。また、世界中で採用されており公開されている標準規格アーキテクチャをベースに解説します。ドコモやNTTの実装は関係ありません。
*2:Editor's Note: アーキテクチャがピンとこない方は、ひとまず「構造」って思っていただいて大丈夫です。
*3:読者のみなさんは別におかんにそんな頻繁に連絡しない方も多いかもしれませんが、ここに登場する人は、すっごくまじめでむっちゃんこ頻繁に自主的に居場所をおかんにおしえてるものと仮定してください。
*4:Editor's Note: 本文中では「オカン/母」を例として取り上げていますが、これは単に直感的でわかりやすい例として挙げたものであり、特定のジェンダーや役割を固定的に捉えた意図はありません。もちろん、「オトン/父」を例にしても成立しますが、今回はたまたま「オカン/母」を用いています。ご了承ください。