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HAPSシミュレータを開発し、5G Evolution&6Gの超カバレッジ拡張を評価してみた

 こんにちは。6Gネットワークイノベーション部(6G部)の外園(ほかぞの)です。普段は、衛星や高高度プラットフォーム(HAPS)を用いた超カバレッジ拡張実現に向けた研究開発業務に従事しております。今回は、6G部で開発したHAPSシミュレータについて紹介したいと思います。

はじめに

 6G部のNTN技術担当では、空・海・宇宙を含むあらゆる場所への「超カバレッジ拡張」の実現に向けて、衛星およびHAPSによる上空からの通信エリア提供に注目しています。特にHAPSは、高度約20 kmの成層圏でほぼ一定の場所を滞空することができ、かつ陸上に半径約50 km以上のフットプリントを形成できることから、昨今大きく注目を集めています。HAPSは地理的制約を受けずに離島や山間部にサービスエリアを形成でき、かつ衛星よりも低遅延な通信を提供できます。HAPSを用いて電波を中継あるいは発射することで、図1に示す様々なユースケースを実現することが期待されます。

図1. HAPSのユースケース

 HAPSと端末のDirect Access(DA)の実現には、現状のITU-RやWRCでの標準化に則ると2GHz帯をはじめとする地上システムと同一の電波を用いる必要があります。そのため、既存の地上システムが存在するエリアにHAPSシステムを適用する場合、HAPSシステム-地上システム間のシステム間干渉回避が必要不可欠となります。本記事では、システムレベルシミュレータを用いて、既存の地上システムを模したネットワーク配置上で、HAPSシステムの干渉回避技術を適用した場合のシステム性能を評価します。評価結果から、適用技術によって一定の干渉抑制効果が得られたことを示します。

 DA用途でのHAPSシステムにおける各経路の名称は図2に示す通りです。地上の基地局装置に接続された地球局を介し、HAPS搭載の中継システムを経由して端末へ直接通信します。

図2. DA用途でのHAPSシステム

開発したHAPSシミュレータの概要と評価

HAPSシミュレータの特徴

 図3では、開発したHAPSシミュレータで八丈島上空にHAPSを飛ばしている様子を示しています。HAPS1機で半径約50kmの範囲をカバーできるため、八丈島をまるごとカバーすることが出来ます。図3の各青丸の中心点に地上のgNBが存在し、HAPSと周波数を共有しながらカバレッジを拡張しています。

 このHAPSシミュレータは下記の通り4つの特徴を持っています。これらの特徴を活かし、HAPSの実導入に向けて必要な地上との干渉評価を進めております。

  1. 短期・中期・長期の3通りの年代モードを設定し、年代ごとにHAPSシステムの性能を向上させることが出来る。

  2. 周波数共用モード・周波数分割モード・専用周波数モードの3通りの周波数モードを設定し、周波数共用条件を変えたうえで性能評価をすることが出来る。

  3. 後述する干渉回避技術を導入し、地上gNBシステムとHAPSシステムの干渉を評価できる。

  4. ドコモのエリアマップを参考に地上gNBやUEの配置密度をリアルに近づけた条件で評価できる。

 

図3. HAPSシミュレータ(八丈島上空にHAPSを飛ばしている様子)

HAPSビーム制御とハンドオーバを併用した干渉回避技術

 DA用途HAPSシステムのSL干渉回避技術として3Dセル制御技術を考案しました。3Dセル制御の適用イメージを図4に示します。HAPSが地上システムと同一の周波数を利用する場合は、地上システムとの干渉が課題となります。そこで、ハンドオーバおよびビーム制御を併用した3Dセル制御技術によって、HAPSシステムと地上システムのシステムスループットを改善できることをシステムレベルシミュレータの評価により示します。 3Dセル制御技術ではHAPSが地上基地局周辺x [km]の領域にビームを向けないことで、システム間干渉の抑制とロードバランシングの効果が期待できます。本記事では、実システムに即した環境で複数のxを用いて評価を行うことで3Dセル制御技術の性能を評価しました。

図4. 3Dセル制御技術適用イメージ

シミュレーション評価

シミュレーション諸元

 システム関連パラメータを表1に、デバイス関連パラメータを表2に示します。干渉評価では、知床と長野エリアについてHAPSに進化を年代別に捉えるため、短期、中期、長期の3つの年代の機能を想定し、評価しました。 HAPS直下を中心に半径50 kmのHAPSサービスエリアを形成しました。各HAPSを中心として半径100 kmを評価エリアとしました。知床エリアでは、短期の場合、小型のHAPSを2機、中期、長期の場合、中型のHAPSを2機配置しました。長野エリアには小型HAPSを2機配置しました。

 (余談)小型HAPSは、ソーラーパネルを搭載した固定翼型を想定しています。このHAPSは高緯度になると発電効率が落ちてしまいますので、知床ではソーラーではなく燃料を用いた飛行船型の中型HAPSが相応しいのではないかと検討をしています。

 3Dセル制御技術を適用し、gNB接続閾値xを0、2.5、5.0 [km]と変化させ評価を行いました。地上システムとして実際のLTEサービスエリアを模擬し、gNBは1機につき3 sectorを持ち、知床エリア、長野エリアでそれぞれ486 sector、765 sector配置しました。UEはgNBのsector当たり最大10 UE配置しました。その結果、知床エリアでは、合計5054 UEを配置しました。長野エリアでは、合計7843 UEを配置しました。FL、SL、gNBリンクにおいて一定の受信品質を満たさない場合、データ通信を行わないようにしました。アップリンク(UL)間、ダウンリンク(DL)間はFrequency Division Duplex(FDD)で直交させました。一方で、SL、gNBリンクそれぞれのUL間、DL間では同一周波数を用いました。全ての送受信機のスロットタイミングを同期させました。HAPSとgNBのシステムスループットはそれぞれの全基地局に接続する全UEの合計スループットとしました。

表1. システムパラメータ

表2. デバイスパラメータ

干渉回避技術評価結果

 はじめに、3Dセル制御技術を適用した場合のシステムスループットについて評価しました。HAPSサービスリンクとgNBリンクのUL間、DL間はそれぞれが同一周波数帯域を用いているため、システム内干渉とシステム外干渉が発生します。評価では、参考としてHAPSシステムの存在しない地上gNBシステムのみの場合も表示しています。

 図5に DLとULそれぞれの合計システムスループットを示します。知床と長野それぞれの短期、中期、長期の値を表示しています。図5より、適切なgNB閾値xを選択した場合、知床短期、長野短期、長野中期のシナリオはシステムスループットが向上しました。一方で、それ以外のシナリオではHAPSがない場合の方がシステムスループットは高くなりました。これは、gNBサービスエリアにHAPSサービスエリアが重畳することで、広範囲に干渉影響を与えてしまった結果、接続UE数低下とスループット低下が起こったためです。この効果は短期に比べ、HAPSの性能が高い中期や長期のシナリオでより顕著です。xの値を増大させると、HAPSサービスエリアが地上サービスエリアを避けるようにエリアを形成するため、システム間干渉の低減効果とシステム間のロードバランシング効果の影響により、システム全体でのスループットは増減します。一方、xを増大しすぎた場合、HAPSサービスエリアがほとんどないため、UE数が小さくなり、干渉とロードバランシングの悪化によりスループットが低下します。この効果はgNBの数が多い長野でより顕著です。

 ULのシステムスループットもDLと同様に3Dセル制御の適用効果によってロードバランシングと干渉影響を調整できています。一方で、DLの場合とULの場合でシステムスループットを最大化するxはほとんどの場合一致しません。これはDLではHAPSの信号がgNB信号への与干渉となっていますが、ULではgNB接続UEの信号がHAPS接続UEの干渉源となり、与干渉、被干渉の大きさが逆転しているためです。

図5. システムスループット

 図6に知床エリアと長野エリア中期のシステム接続ユーザ数を示します。HAPSシステム、gNBシステムおよびそれらの合計を表示しています。知床エリア、長野エリアに共通して、HAPSシステムによりユーザ数を増やすカバレッジ拡大効果が表れました。ただし、長野のxが2.5 kmの場合では、ビームあたりの最大接続UE数を越えたUEが接続待ちとなり、どこにも接続できないUEが増大した結果、合計のUE数が減少しました。また、xが5.0 kmの場合ではgNBの多い長野のシナリオではHAPSのサービスエリアがほとんどなくなってしまい、HAPSに接続するUE数が極端に減少しました。知床では、xによって適切なロードバランシングが行われていることが確認できました。

図6. システム接続ユーザ数

 図7に知床エリアと長野エリア中期DLのinterference-to-noise ratio (I/N)を累積分布関数(Cumulative Distribution Function:CDF)でそれぞれ示します。このとき、システム間干渉とシステム内干渉の合計値を干渉値としています。HAPSシステム、gNBシステムそれぞれに接続したUEの値をプロットしました。図7より、HAPSの存在するシナリオの場合、gNBのみの場合に比べてI/Nは増大しました。これはHAPSシステムが地上システムに重畳することで広範囲に干渉を与えていることを裏付けています。一方で、xの値を増大させることで、I/Nは低減しました。これは3Dセル制御の効果により、HAPSサービスエリアが地上gNBのエリアを回避するビーム制御がされたためです。知床同様に長野では、3Dセル制御により、xの値を増大させることにより、干渉を低減できています。一方でgNB接続UEはx を2.5 kmから5.0 kmに増大したときのI/Nが劣化しています。これは、xを5.0とした場合はgNBがほとんどのユーザを収容することにより、gNB接続UEのシステム間干渉が増大したためだと考えられます。

図7. 中期下りリンクのI/N CDF

 図8に知床エリアと長野エリア中期のUL I/NをそれぞれCDFで示します。HAPSシステム、gNBシステムそれぞれに接続したUEの値をプロットしました。ULはDLと比較してgNBシステムへの干渉影響が小さいです。一方でHAPSシステムの被干渉が大きいです。これはgNBに比較してカバレッジエリアの広いHAPSが、UEの被干渉波を多く受信してしまうためだと考えられます。知床の評価では、3Dセル制御によって数dBレベルで干渉を抑制しました。これは3Dセル制御によって干渉源となるUE数を制限できているためと考えられます。一方、長野の評価では、xを増大させることにより、gNBシステムの被干渉が増大しました。これは、図7に示される干渉源となるgNB接続UE数の増大によるものです。

図8. 中期上りリンクのI/N CDF

おわりに

 HAPS DAシステムにおいて、干渉回避技術の適用効果を現実的な地上ネットワーク配置を実装したシステムレベルシミュレーションで評価しました. 特に地上gNBが多いシナリオでは干渉影響が顕著であり、地上システムへの影響が大きいことがわかりました。一方で、3Dセル制御はHAPSシステムと地上システムのロードバランシングと干渉を調整し、カバレッジ拡大と全体システム性能低下のトレードオフ改善に一定の効果を上げました

 6G部では、シミュレーション評価以外にも実際にHAPSや航空機を成層圏に飛ばして電波伝搬の実験を行っています。今後は干渉回避の適用技術を踏まえたHAPSシステムの実証試験に取り組むとともに、各技術の適用可能条件について詳細な検証を進める予定です。

www.docomo.ne.jp

ドコモとエアバス、18 日間の飛行で HAPS から電波伝搬実験に成功https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/topics/2021/topics_211115_00.pdf